高校時代のこと

(この文章は、高校の同窓会の文集のようなもののために書いたエッセイです。結局、同窓会には行きませんでした)

ジャン・リュック・ゴダールの新しい映画が4月に公開された。タイトルは『ル・リーヴル・ディマージュ(イメージの本)』。ナレーターをみずから務めるゴダールは、映画が終わりかけたそのとき、ベルトルト・ブレヒトの言葉を引用しながら枯れた声でつぶやく。

ブレヒトは言った/「断片のみが本物の痕跡を……」

これが、出典がわからないとか、不正確な引用なのではないかとか、そういった議論の的になっているらしい。でも、それが許されてしまうのがゴダールというひとなのだ。「許される」というと、ちょっとちがうのかもしれないけれど。

そもそも過去の事柄や物事、記録されたものを引用するということ、つまり元あった文脈から引き剥がしてくるということにおいて、「正確さ」や「出典」というものがどれほど重要なのだろう(もちろんこれは、いまのポスト・トゥルースの時代と無関係な話しではなく)。『ル・リーヴル・ディマージュ』でゴダールが嫌味っぽく語っていたとおり、「表象は表象されるものに対する暴力を必ずともなう」。だから引用も、引用される対象そのものやその文脈に対してかなり破壊的なふるまいをする。それを肯定的に捉えるなら、そこにはなにかしらの強い力がある。ゴダールはそういうことをいっているんじゃないかと、ぼくは勝手におもっている。

その意味で、じぶんの過去を振り返る、レトロ(後ろに)スペクティヴ(見る)にものを考えるということは、じぶんの過去に対する反逆のような行為でもある。実際の事実や出来事を捻じ曲げて、壊してしまうこと(たとえば、懐古やノスタルジーであれば、それは「美化する」ということにもなる)。元あった場所から引き剥がしてしまうこと。良くも悪くも、それが回顧ということであるし、逆にいえば、それだけのことをしないと過去や歴史というのはこちらの言うことを聞いてくれないほどに強固で頑強なものなんじゃないだろうか。

そんなことを考えながらじぶんの高校時代のことを思い返してみる。つまり、後ろを見返して、そこから断片を取って来てみるのだ。これは、そうしたときにどんなものがでてくるんだろうかという、ちょっとした好奇心による実験でもある。

ひとついえることは、じぶんは高校の環境やシステム、ムードになじめなくて、とにかく孤独だったということ。これはもちろん美化しているわけでもないし、あのときのあの感じがぼくのその後の人生をほとんど決めてしまったともおもう。だからこそ四六時中音楽を聞いていたんだろうし、それはいまもほとんど変わっていない。とにかく、そのとき熱心に聞いていたポップ・ミュージックには(特にアメリカやイギリスのものには)、当然のものとしてある規則やルールから外れてもいいんだと肯定するパワーがあったし、さらに規則やルールを疑ってかかる思慮深さがあった。ロックンロールとニヒリズム。映画や小説には、やっぱりどこか現実の規則に則っているところがあった。でも、音楽はそうじゃない。いってしまえば、ポップ・ミュージックというのはどこまでもアナーキックなものだ。違和感や摩擦、生々しい傷跡、現実のひだを見せつけるグロテスクなもの――なにかに順応したものよりも、ぼくはそういったものを音楽に求めていたし、いまもずっと求め続けている。

孤独といえば、国立にはひとりになれる場所がたくさんあったのもよかった。誰も来ない校舎の北側の屋上、ツタヤ(近所には駅前の狭い店舗と立川のやけに広い店舗があった)、いまはなきディスクユニオンと立川のHMV、大学通りの増田書店、ブックオフ、静かな谷保天満宮、一橋大学のグラウンド、点在する公園……(それに、忌野清志郎が歌った「たまらん坂」も近くにあった)。べつにお金を払わなくたって、イヤホンをしてそのあたりをうろうろしていれば、とにかくひとりきりになることができた。それから、とりわけじぶんにとって大事だったのは、自転車で40分以上かけて通っていた通学時間だった。「エスケープ」というのものはたとえ雑踏のなかにいてもひとりになれることではあるけれど、もし電車で通学していたとしたらあの孤独感や逃避の感覚はきっと味わえなかったはず。あの時間、あの移動はただの家と学校との往来ではなくて、じぶんにとってはなにか「トリップ」のようなものだったとおもう。

その孤独感にフィットした一冊の本(正確にいえば雑誌)がある。高二の終わりか、高三の初め、部活のないある日、学校が終わったあと、国立から府中のほうへ行く途中にあるツタヤに立ち寄った。そこでこちらをにらんでいるボブ・ディランと目が合ったことを、いまでもよくおぼえている。『STUDIO VOICE』の2007年4月号、特集「アンチ・ロック」。表紙のディランは顔のほとんどを手で隠していて、右目だけでぼくを見据えていた。その挑発的なたたずまいに惹かれるものがあって、小遣いもほとんどないのによく知らないその雑誌を買って帰った。

その誌面には、まったく知らないアルバムやミュージシャンたちの名前が並んでいた。レイアウトやデザインもあきらかに奇抜で、「雑誌ってこんなこともできるんだ、こんなにも自由なんだ」と衝撃を受けた。なにより、テキストが刺激的だった。未知の固有名詞やわけのわからない形容詞に彩られた、文脈を横断する、知的好奇心をくすぐるアジテーション的な文章。文体にしても、ボキャブラリーにしても、そこから学んだことはたくさんある。あの一冊が完璧なものだとはおもわない。けれど、あのときあの本から受けた興奮や刺激といった体験を、(傲慢だけれども)じぶんも他人に与えてみたい、じぶんはこういうものをつくりたい、やりたいと、なんとなくそうおもった。

結局、そのときの体験があって、雑誌をつくるまねごとをしてみたこともあった。それから紆余曲折を経たいまも、音楽について文章を書いたりしている。立場は編集者ではあるけれど、書き手として思考の羽を広げて自由に書けるのはじぶんの媒体ではなかったりもする(ということは、他の編集者に甘えているということでもある)。じぶんで雑誌をつくるということはまだできてはいないけれど、機会やタイミングに恵まれたらいつかやってみたい。でも、どうだろう。雑誌で新しいことができるという時代でもないし、ウェブ・マガジン(古めかしい響きだ)、ウェブ・メディアというものもなんだかつまらないものになってきている。音や情報、思考の断片が、矢が飛び交うように入り乱れ、ソーシャル・メディアが乱立しているいまの環境のなかで、メディア(媒体)というものを再考すべきときは、もうとっくに過ぎているとも感じる。

もう一度、ゴダールの誤った(?)ブレヒトの引用を思い返してみる。「断片のみが本物の痕跡を……」。そう、いまはたぶん、これでいいとおもう。いつかまた高校時代の頃を振り返ってみたときは、きっとべつの断片を掴み取れるはず。そこでまた、それらの断片が新しい「本物の痕跡」となる。レトロ(後ろに)スペクト(見ること)は、同時にプロ(前に)スペクト(見ること)でもあると、ぼくはそう信じている。無気力で従順なノスタルジーでないかぎりは。過去を振り返ったときの視線、そのとき眼のなかに飛び込んでくる光の粒は、きっとまた未来へと跳ね返されて、散っていって、いつか新しい像を結ぶ。そのときのためにこういうテキストを残しておくのも、そう悪くはないことだとおもう。

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