奇聞百科 #1

 最初の独白は、なるべく鋭利でなくてはならない。供物の子山羊を速やかなる安楽死へと導くような、預言者たちの手に握られた天使のように鋭利な刃物! ――そう思う時代が私にもあった。挫折はすぐにやって来た。自らの無知にぶつかり、辱めを受けた日が来たのだ。大学のゼミで、教授は私を、そのつもりはまったくないのだと散々断りながらも、罵倒した。「うん、そうだ。でも君のその考えは……」なにが、「そう」だって? あなたは私ではないじゃないか。だが、それは正しかった。おそらく教授の目に見えていたのは、白痴であった私が、食らいつくようにして書物を紐解く様子だったのだろう。しかし、行く先も知れぬまま船を出し、大思想の暗礁に乗り上げて叫び散らすその様は、さながら盲目の老人に濃い霧の立ち込める薄暗い森を歩かせる様なものだったに違いない。一寸先は闇ならぬ、全てが真っ暗な闇の中なのだ。私が見ていた太陽は幻想だった。それは一夏の影絵だ。転ばぬ先の杖には私の未来の全てが預けられていた。それはオリーブの枝で作られていたのかもしれない。あるいは月桂樹か。ひとまず、私はそれを自分の手に握られた図書館の机の上のペンと同一視した。
 私はダンテと共に道を歩いていた。ダンテは私を癒してくれる数少ない人間の一人だ。特に、ヒューマニストというレッテルが貼られる前の彼が好きだった。彼について書かれた夥しい量の文献に、私は幾度となく吐き気を催した。彼らは皆口をそろえて彼を崇め奉る。なるほど、私もその一人。だがそんなのは、唾棄すべきクズだ。
「地獄へと至る道は広い」人間主義の預言者はそういいながら、私を森の果てへと案内した。ダンテが切り開いて整備したその道は、アライグマの通った後よりも狭い。だが、ラクダが針の穴を通るよりはマシなのだ。肥え太ったブルジョアと、そこそこ恵まれたブルジョアたちは、この小道を見つけることすらなく死んでいくのだ。ダンテはそう私に教えてくれた。機械仕掛けの神話体系が、私の後ろでギチギチと音を立てる。歯車に挟まれているのは、昔抜いた自分の親知らずだ。
たどりついたのは、洞窟の入り口に縦付けられるようにして据えられた両開きの金属製の門の前だった。その扉にはこう刻まれている。


これより先に入る者、一切を棄てよ!


私はそこに、自分の絶望の居場所すらも与えられないことへの失望を覚えた。私を形作るあらゆるものが私から離れていく。そんな忘我の境地に、その扉は忽然とそびえるばかりだった。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?