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追悼:ヘールト=ホフステード博士

2020年2月12日。文化人類学・国際経営学領域で多大な業績を残した巨星ヘールト=ホフステード博士が逝去しました。私にとって2020年は「ホフステード博士が天に召された年」として記憶されることでしょう。それだけ自分の人生や価値観に影響を与えてくれた人物でした。

おそらく日本ではホフステード博士のことを知らない方の方が多いと思うので少し補足します。最も有名な彼の功績は、国ごとの文化の違いを6つの次元で相対的に比較できるモデルを作り上げたことです。これがアカデミア領域だけではなく、グローバルで活動するビジネスパーソンにも応用できる理論として世界中で注目されました。実際、彼が一般読者を対象に書いた著書「Cultures and Organizations: Software of the Mind(邦訳:多文化世界)」はベストセラー本として世界21カ国で翻訳されています。国境を超えた組織や文化を扱う時に、必ず一度はお目にかかるのがこのホフステード博士なのです。

そんな偉人の息子さんで同じくアカデミア領域(進化生物学)で活躍されているヘールト=ヤン=ホフステード氏がブログの中で追悼メッセージを送っています。息子から父への言葉ということ以上に、とても考えさせられる内容だったので翻訳してここに残しておこうと思います。

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人生の意味について(The Meaning of Life)

My father died happy
My father Geert died on 12 February this year, at age 91. He had lived through a difficult year. He’d drawn a bad lot: a debilitating disease gradually robbed him of the use of his hands, his legs, his other muscles, his speech. Yet, he died a happy man.

父は幸せに死にました

私の父Geertは今年2月12日に91歳で亡くなりました。彼は衰弱性の病に襲われ、困難な年を過ごしていました。実際、病は彼の手・足・他の筋肉の自由やスピーチ能力を徐々に奪っていきました。しかし、それでも彼は幸せな男として亡くなりました。

His life had been meaningful
Why? I think it is because he found his life to have been meaningful. He’d left a contribution to the world at large, and he was on good terms with all his family. He also received loving care from health workers in his last months, and the doctor helped him retain agency by shortening his suffering at his wish.

彼の人生は有意義なものでした

なぜそう言い切れるのか?それは彼が彼自身の人生を有意義なものだと確信していたからだと思います。彼は世界への貢献を広く残し、家族全員と心を通わせていました。また、彼は最後の数か月間、医療従事者から愛情のこもったケアを受け、医師は彼の願い通り苦しみを和らげることによって、彼が働き続けるのを助けてくれました。

What is the meaning of life?
There is so much talk about the meaning of life. To me, it is simple. The meaning of life is what you mean to those around you. Who these people are and what this meaning could consist of, are endlessly complicated, fascinating, evolving issues. This is what education, politics, art, humanities, social sciences and evolutionary biology are about.

人生の意味とは何でしょうか?

人生の意味については、今まで多くの人が語ってきました。私にとって、それはシンプルなものです。人生の意味とは、あなたの周りの人々にとってあなたが何を意味するかです。ここでいう周りの人々が誰で、何がその意味を作りあげるかは、果てしなく複雑で、魅力的であり、進化し続ける課題といえます。これこそが、教育、政治、芸術、人文科学、社会科学、進化生物学が存在する理由です。

Evolution and the meaning of life
Yes, also evolutionary biology. There is a direct line between what serves survival of our communities and what we consider to be good, worthy or ethical. Biology may not be on our mind, but it is in our mind. We may not be thinking about the survival of our species when we do good. Some things that we do with good intentions could actually damage survival; there will be selective pressure against these practices.

進化と生命の意味

そう、進化生物学もまた同じです。私たちの共同体を存続させているものと、私たちが良い・価値があるもしくは倫理的である、と考えるものとの間には直接的な繋がりがあります。生物学に関心は持たれないかもしれませんが、今それが私たちの頭を占めています。私たちが何か良い行いをする時、種の存続については思いを馳せることはないかもしれません。ある善意で行ったことが、実際に種の生存可能性にダメージを与えることになるかもしれません。故に、こうした慣習に対して選択的な圧力がかかることになるでしょう。

Corona and community: divided we stand, united we fall
Let’s take another example. Just after my father’s death, the Corona pandemic took centre stage. It throws a new light on familiar phenomena. In particular, it tightens the link between morals and species survival. Practices are good if they boost our collective survival, in a literal sense. The new slogan is: "divided we stand, united we fall". Millions of people in hundreds of countries follow it, even celebrate it.

コロナと共同体:分裂すれば立ち、団結すれば倒れる。

別の例を見てみましょう。父の死後、コロナの流行が世界の中心になりました。それは身近な現象に新たな光を投げかけています。特に、それは道徳と種の存続の間の繋がりを強くしています。文字通り、慣習に従うことが種の存続を後押しするのであれば、それは良いことです。新しいスローガンは、”分裂すれば立ち、団結すれば倒れる”。 数百カ国の何百万人もの人々がそれに従い、祝うことすらするでしょう。

Corona and culture
The way in which communities organize practices is cultural. That is how it should be. One size does not fit all. Leadership, paradoxically, only works if it follows what people expect and accept. That is why some countries have draconic measures in place while others rely on self-policing of citizens. In a crisis, leadership has to bend to the vox populi.

コロナと文化

共同体が慣習をつくりあげるプロセスは、文化的です。そうあるべきです。1つのサイズがすべてに適合することはありえません。リーダーシップは、逆説的ではありますが、人々が期待し、受け入れるものに従う場合にのみ機能します。だから、一部の国では人種差別的な措置が取られている一方で、他の国では市民の自主規制に依存しています。危機的な状況では、リーダーシップは大多数の意見に屈する必要があるのです。

Corona and dimensions of culture
Do Geerts dimensions of culture have something to say on pandemic control? It’s too early to say something definite. It does seem that the 6th dimension, indulgence versus restraint (actually discovered by Michael Minkov in WVS data), plays a role. The countries with flatter-than-exponential curves, so far (see https://ourworldindata.org/coronavirus), are all at the restrained end of that dimension. They are also all long-term oriented in culture, which probably helps them being flexible in the face of a new threat. Of course, historically, a restrained, long-term oriented culture could be a carry-over from earlier epidemics.

コロナと文化の次元

ホフステードの文化次元は、コロナの流行対策について何か言えることがあるでしょうか?明確なことを言うのは時期尚早だと考えますが、第6次元Indulgence(充足) vs Restraint(抑制)(実際にはWVSデータでミンコフによって発見)が役割を果たしているように見えます。感染者数が指数曲線より平坦な伸びを示している国(https://ourworldindata.org/coronavirusを参照)は、すべてこの「抑制された社会(Restraint)」の次元側にあります。また、これらの国の全ては文化的に長期志向であるため、おそらく新しい脅威に直面しても柔軟に対応できるでしょう。もちろん歴史的には、抑制された長期志向の社会は、流行した疫病を未来に持ち越す可能性があります。

Moral
Corona is a lottery. Whatever lot we draw this time, we’ll all die one day. Let’s give our lives meaning by being good to our local community and to the world at large. Then we can die happy when the time comes.

モラル

コロナは宝くじのようなものです。今回引いたものが何であれ、私たちはいつか死を迎えます。地域社会と世界全体に貢献することで、自分自身の人生に意味を与えましょう。そうした時、私たちは幸せに最後を迎えることができるのです。
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 以上、ホフステード博士の息子さんのメッセージでした。少し補足すると、"divided we stand, united we fall" という表現は、本来 "united we stand, divided we fall" = "団結すれば立ち分裂すれば倒れる" という人々に団結を呼びかける時によく使われてきたスローガンを逆にしたものです。今の状況では「物理的に近くにいることで感染が広がり共倒れしてしまう」ため、これまでのスローガンは機能しない。つまりピンチの時、お互い寄り添い支えあいながら敵と戦う、という生物としての最も原始的なリアクションが、コロナには通用しないということを意味していると思います。そう考えると、今目の前で起きている現象が人類に突きつけてきているものは、「近くにいない相手と心を通わせ団結することができるのか?」という問いだと言えるかもしれません。

これから数回に分けて、ホフステード博士という人物や彼の作りあげた国民文化6次元モデル、個人的な思いについて記してみたいと思います。

ご興味ある方はしばしお付き合いください。

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