第50話 初めての家出


「ここは俺の家だ!」

みつおは生まれて初めて父親とケンカをした。
母親が死んでから寂しそうな父親に気を遣っていたのだが、いくら何でもという事件が起きたのだった…

「今週もおつかれさん、みつお、ウチでご飯食べていけよ」

毎日のように親方の家でご飯を食べて、ビールまでご馳走になっていた。
家が近くだったので、歩いても帰れる範囲だったのである。

近くのスーパーにバイクを停めておけば、飲んだ後は歩いて帰って、翌朝バイクをとって出勤すればよい。
ちょっと遠いバイクの駐輪場と思えばいいだけだった。

その日は土曜日だったので

「ちょっと歌いに行こうか」

親方得意の飲みへ誘いだった。
もちろん、もれなく奥さんであるみつおの従姉妹も一緒である。
従姉妹は飲み屋時代から明るくて話が面白いので飲み屋でもちょっとした有名人だった。
酔ってくると立って歌い出し、山本リンダのモノマネをすると、店中が大盛り上がりだった。

「みつおはどこか行くんだろ、俺らは帰るよ」

「はい、お疲れ様でした」

飲み始めたら止まらなくなるのがみつおだった。
親方たちと別れた後、タクシーで繁華街へと向かうのだった。
夜の世界にいた時の行きつけの店である。
今までと違い、早い時間から行く事ができるので、土曜日は早い時間から朝まで飲んで帰るのがお決まりになっていたのだった。

その日は、朝まで賑わっていたため、六時閉店が、七時まで伸びたのだった。
店が閉店するまでいるのがお決まりのようになっていたので、みつおも七時まで飲んでいたのである。

それから、片付けの間、ちょっとした手伝いをしなが最後までおしゃべりをして、従業員と一緒に店を出て、1Fで解散するのだった。
たまにアフターといって、一緒に仕事後の食事に行くこともあったが、その日はみんな疲れていたので、すぐに帰るとのことだった。

みつおもタクシーを見つけて乗り込んだ。
家に着いたのは朝の八時半である。
みつおの父親は朝が早く、六時から起きて家中の掃除と、庭の手入れをしていた。

朝帰りでバツが悪いので目を合わせないようにして裏にまわり自分の部屋へ入っていった。
みつおのへやは離れにあるプレハブ小屋である。

中学の時に

「毎日ケンカするから受験勉強ができない、庭にプレハブの部屋が欲しい」

「そんな金があるわけないでしょ」

当たり前だが断られた。
向かえに住んでいる大学生が庭にプレハブの勉強部屋を持っていたので、羨ましかったのである。
もちろん断られて当然である。
そんなお金があるわけがない事も知っていた。

しかし、母親がたまたまこの出来事を従兄弟のおじさんに話した時に

「信男の遺族年金はみつおのためのお金だからそれで建ててあげたらいいんじゃないの?」

と言ってくれたらしい。
信男とは、みつおが物心ついた時には他界していたので会った事はない金城家の長男である。
従兄弟と一緒に船乗りをしていたのだが、荒波の夜に仲間が船から落ちたので助けようと飛び込んだらしい。
仲間は助かったのだが、その長男は浮き輪に捕まっていたのが、途中で姿が消えたらしい。
サメに喰われたのかもしれない。

それで従兄弟は負い目を負っていたのだが、その長男の遺族年金はみつおが学生の間はずっと支払われるのである。
そのお金を使ったらという助言をしたら、父親が納得したのである。

それでまさかの離れの部屋が手に入ったのであった。
もちろん、本当に受験勉強が目的ではなく、当時の悪い仲間と夜遊びをするためだった。

当時、夜中に家を抜け出して仲間の溜まり場でたむろしたりして夜遊びするのが流行っていたのだが、みつおの家は、母親と同じ部屋に布団を敷いて雑魚寝していたので、夜中に抜け出すのは無理だったので、外に離れの部屋が欲しかったのである。

無理だと思っても言ってみるものだなとその時に思ったのだった。

だから夜中に帰ってきても、家の裏にまわって自分の部屋に入ることができるので父親と会うことはないのだが、さすがに朝の八時半というと、父親にしてみれば真昼間である。

大人だから何も言われる筋合いはないのだが、親からすると、子供はいくつになっても子供である。
面倒くさいので気づかないふりをして部屋に入ったのだが…

「えっ?何?」

何かしら部屋がスッキリしていて違和感である。

「あれ?」

綺麗に掃除されているのだか、何かが足りない。

「あぁ、俺の服がない」

昨日は朝寝坊をしたので慌てて作業服に着替え仕事に出たため、ベッドの上に脱ぎっぱなしにしていたシャツとデニムのズボンが無くなっていた。

その他、机の上に置きっぱなしにしていたタバコや灰皿も無くなっていた。

「まさか!」

慌てて外のゴミ捨て場に向かった。
案の定、ビニール袋の中に服や小物が見えた。
袋を開けるとそこに入っているのは全てみつおの物だった。

完全に頭に血が上ったみつおは、袋をそのまま自分の部屋の中に投げ込み父親の所へと向かった。

「何で俺の服を捨てるか!」

初めて父親に反抗した瞬間である。
子供の頃から怖いイメージしか無かった父親には大人になっても逆らえないと思っていた。
しかし、一線を超えた父親の行動に激怒したのである。

「あんなに散らかしてバカじゃないのか!ゴミ屋敷みたいになって!」

逆ギレをする父親

「昨日は慌てていたからだろ、何で勝手に俺の部屋に入るか!」

みつおは、勝手に人の部屋に入った父親を責めた。
すると…

「ここは俺の家だ、嫌なら出て行け!」

その一言でみつおは妙に納得して冷めてしまった。

確かにそこは父親の土地であり父親が建てた家である。

(そうだな)

みつおは黙って部屋に戻った。
そしてすぐに出かけた。
父親の意見にごもっともだと思ったみつおは、すぐに不動産に向かったのだった。

そして、そこで部屋を探していると、いい場所で手頃な物件が見つかった。
しかし、そこの大家さんは厳しいらしく、誰でもいいという訳ではなかった。
先に大家さんとの面会があるらしい。
 
担当の人とその物件の大家さんがいる所へとむかった。
大家さんはそのアパートの隣りの建物の1階で学生服の専門店を営んでいた。

担当の人に紹介されて、大家さんの質問が始まった。

「あんたは、どこの人ね?」

沖縄では出身地を聞く時に、どこの人かと尋ねるのである。

「あ、僕は具志です」

「具志の金城さんね、お父さんの名前は?」

「えっ?金城健次です」

「健次にーさんの息子ね、あんた何男ね?」

「えっと、死んだ長男合わせたら三男です。いちばん末っ子です」

「あーそうねー、じゃ同じ門中だね」

「えっ?そうなんですか?」

※沖縄では門中墓が主流で、先祖代々同じ墓に入るのである。
墓と言っても一軒家が建つくらいの敷地に大きな亀こう墓というのがあり、その中に先祖代々の遺骨が眠っているのである。
その墓に入るひとを門中と言い、かなり遠い親戚でも繋がると喜ぶのでえる。

「そうよ、あんたのお父さんは有名人だったから門中の人はみんな知ってるよ」

「へぇ、そうなんですね」

「門中だったら大丈夫だね、いつから入る?」

「ありがとうございます。すぐにでも入りたいです」

「じゃ、ちょっと掃除しておくから明日から入りなさい」

父親とケンカをして家を出ることになったのだが、父親のおかげアパートが決まったのだった。

次の日の仕事の後、みつおは親方の食事を断ってすぐに引越しをしたのだった。
引越しといっても、仕事着と私服だけだった。

その日からみつおの一人暮らしが始まった。
東京にいた頃は、全て誰かの家の居候だったので、自分の名義で借りたのは初めてだった。
父親にああいう事を言われ妙に納得したみつおは、初めて自分の家に住む事ができて喜んでいた。


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