内臓の音

私の夫は内臓の音フェチだ。食事の後には必ず私にくっついて直接お腹に耳を寄せてくる。グルグルゴロゴロと私の内臓が動いている音を聞いては、嬉しそうに「頑張って消化しているね」などと言うのだった。

きっかけは子供の頃、おもちゃの聴診器で聞いた心臓の音だったらしい。姉や母親の背中に耳をくっつけて心臓の音を聞いたり、寝ているお腹に耳をくっつけてそのまま一緒に寝てしまったり、そんな子供だったらしい。フェチと言っても性的に興奮するというわけではなく、内臓の音を聞くと穏やかな気持ちになって安心するのだそうだ。彼曰く、母親の胎内にいた時の記憶が残っているんじゃないかということだったが、真相は分からない。

私も最初にお腹にくっついて来られた時には少し面食らったものだが、今ではすっかり慣れっこになってしまった。最近お腹に肉が付いてきたのでそこは少々気になるところだが、彼の方は全く気にしていないどころか、前よりも柔らかくなったとご満悦な様子だった。慣れというのは恐ろしいもので、今では寝ている私のお腹に頭を乗せてこられると、私もなんだか愛おしく、安心した気持ちになるようになってしまった。

ある日、いつものように私のお腹に頭を乗せてくつろいでいた彼が、不意に怪訝な顔をした。「どうかしたの?」と私が訊くと、彼は「静かにして」と言って、私のお腹に耳を寄せ、お腹の音に集中しているようだった。しばらくして耳を離すと彼は、「すい臓の辺りからいつもと違う変な音がする。病院で診てもらった方がいいかもしれない…」と言った。まさかとは思ったが、いつも私のお腹の音を聞いている彼の言うことだしと病院で検査をしてもらうと、すい臓にごく小さな腫瘍が見つかった。彼の言う通りだったのだ。

お医者さんには、そのままにしていたら癌になっていたかも知れないと言われた。すい臓の癌は初期症状がほとんどないままに進行してしまいやすく、この段階で見つけられたのは幸運だったのだそうだ。彼は私の命の恩人となった。治療も終わり、今は私も彼も健康に暮らしている。最近の彼は私の大きくなったお腹に耳をくっつけて、小さな心音を聞いては幸せそうに微笑んでいる。

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