他人にどう思われてもかまわない理由


なぜ、他人に何を言われても気にならないか?

という話。

あまり長々と書いても読みたくないと
思うので、ぼくが気にならないのは

「内容を読む前から、実は反応は
決まっていると思っているから」

なんです。

感想の9割は
読み手の『前提』で決まるんです。

例えば、

ぼくの事が嫌いな人は
何を書いたって悪くとるわけです。

この2回の投稿で言えば、

ぼくの事を、情けないやつだと
思っている人は、

女々しいやつだと思うし
今も罪悪感で苦しんでるんだと
勝手に思う。

(いえ、全然違うから(笑))

今更、後悔したって遅いんだよ
と思い、いつまでも引きずってて
ダサいと思う。

(いや、後悔してないし
引きずってないから(笑))

そして、未練たらたらだと鼻で笑う。

もっとポジティブに明るく生きたほうが
良いよ!

とアドバイスまでくれる。

でも、同じ内容でもぼくに
好感を持ってくれている人は

伊勢さんは、正直者で
まっすぐで感動した、

とか

優しくて愛の大きな人だと
褒めてくれる。

(そうでもないんだけど笑)

同じものを読んでも
前提が、好きか嫌いかで

相手が捉える内容なんて180度変わってしまう
ものなんです。

共感とかは、

好きか嫌いか(正確には相手を
どう思っているか?)の

前提の先の話。

前提があった上で、ぼくを好きよりに思っている人は
同じ境遇を経験した事があれば、共感して
感動したりもっと好きになる。

でも、いくら同じ経験があっても
前提が「嫌い」であれば
共感もしないし、私は違うって思う
のが人間。

つまり、共感ぐらいで、前提は覆らない
って言うこと。

だから、内容に罪はないわけだ。

だから反省する必要もないし
書いた内容が悪いわけでもない。

好き、嫌いで反応しているだけなんだから。

そして、好き嫌いは内容ぐらいで
どうこうなる問題ではない。

勝負は、内容以前で決まってるんです。

例えば、

好きな人がいて、その人に
メールを送る時、

実は、内容なんて1割未満なんだ
ということです。

なのにみんな、一生懸命
内容を考える。

内容でどうにかしようとする。

内容のアドバイスをみんなに求める。

そして、うまくいかないと
内容が悪かったと思って落ち込む。

でも、9割は内容なんて関係ない。

だから内容でどうにかなると
思ってる時点で

きつい言い方をすれば
人間関係の真実を直視できていない
ということになる。

ビジネスでも全く同じ。

商品やセールスどうこう
以前に、9割の結果は決まっている。

大事なのは、どういう関係性を
事前につくっておけるかどうかだ。

内容がどれくらい関係ないかというと

昔、ぼくがニートだった頃酒を飲んで
酔っ払って道に倒れていたら

「本当にどうしようもないクズだ。
だから、ダメなんだ。
お前は一生ダメなままだ」

と言われた。

でも、今、懇親会で酔いつぶれて
そこら辺で寝ていても

「疲れてるんですね、かわいそうに。。

とか、

それくらい自由でおおらかに
なれないと、きっと成功できないんですね」

とか言ってもらえる。

なんなら膝枕でもしてくれそうな
くらいみんな優しい(笑)

酔っ払っているっていう行為自体は
変わってなくても、意味は
相手がどう思っているかで真逆になる。

周りにゴミだと思われていた頃のぼくは
正しくゴミ扱いされ、

周りの人が凄い人だと思っていたら
正しくすごい人扱いされる。

同じことをしてもだ。

コンテンツは同じなのにだ。

もっと言えば、全然気にならないのは

そもそも、ぼくをクズだと思ってる人に
昔はクズでしたという告白をしても

「はい、知ってます」

「前々からそう思ってました。何を今更。」

という話になるわけです。

だからクズだった告白をしても
「やっぱり、あなたはクズですね」

というネガティブな
反応がきて当たり前です。

ネガティブな意見がきて
当たり前なんです。

あの原稿は、ぼくをクズだと思っていない
人に向かって書いているんだから。

そう考えると
相手の反応とか
だんだんどうでも良くなって
きませんか?

気にするだけ無駄です。

メッセージもそうだけれど
プレゼントだってそうだ。

例えば、絵本作家の西野さんの
「差し入れはいりません」

っていう記事が人気みたいです。

http://lineblog.me/nishino/archives/9263250.html

で、このブログには如何に
相手の気持ちを考えない差し入れが
いかに迷惑か、、

ということが書かれているのだけれど
プレゼントも差し入れも
突き詰めると本質は人間関係なんだと思う。

差し入れが問題なわけでも
差し入れの内容や大きさが問題なわけでもなく
場所や状況をわきまえない事が問題なわけでもなく

本質的な問題は、

「差し入れをされても嬉しいと
思わない相手がそこにいる」

っていうことだけだと思うんですね。

結局は、好きな人からの差し入れは
内容や物にに関係なく絶対嬉しいわけで

(千羽鶴であっても)

逆に、嫌いな人からの差し入れは
めちゃくちゃ欲しいものだったとしても
100%迷惑なわけです。

内容や状況関係なく
ただの人間関係の問題なわけです。

差し入れもプレゼントも同じです。

だから、プレゼントの内容に
頭を悩ませる前に
喜んでもらえる関係になっているかの
方が大事ということです。

だから、相手が迷惑そうであれば
ただ、自分の事をすきじゃないんだな、
という事実が分かって終了で良いんです。

喜んでもらえるという前提があったうえで
内容に頭を悩ませないと無駄な努力を
していることになります。

プレゼントで悩んでいる人がいたら

「内容なんて何でもいいんだよ、
適当に選べ!

それよりも前提が問題だぞ」

と言いたい。

でも、けっこうみんな
努力のしどころや力の使い方を
間違えてしまうので
もっと上手く行かなくなってしまう。

内容だけで勝負するのは
無理だから。

だから、まず、喜んでもらえる
という前提をつくろう。

喜んでもらえる存在になろう。

差し入れの件は、そういう話だと思います。

結局は、相手は内容とか関係なく
誰にもらったかで
反応しているだけだと思うから。

それと、差し入れはいらないというのを読んで
そうだそうだと盛り上がって
支持している人も、冷静になって欲しい。

それ、自分の西野さんに対する
前提だけで、賛同してません?

・・・・・・

こう考えていくと
相手の反応を気にすることが
いかに意味が無いか分かると思う。

だからぼくは、悪意をぶつけられても
そうなんだ、としか思いません。

どう思うかは9割相手の
前提に委ねられているんだから。

内容どうこうの問題では
無いんだ。だから気にしない。

というか、嫌なら読まなきゃ良いし
解除すれば、良いとは思う。

みんなに知ってほしいのは
今回の話もそうだけど

人間関係には本質があって
本質を知らないと
努力の方向性を間違えてしまうし

分かってもらえない相手に
一生懸命分かってもらおうとする
しんどい人生になります。

最後にお礼。

一生懸命心を込めて
書いてくれたみんなのお返事のメッセージは
ぼくにとってめちゃくちゃ嬉しい事でした。

今回、ぼくが嬉しかったのは、

みんなが時間を使って
一生懸命思いを伝えてくれた事。

まず、その思いと行動が嬉しかった。

そして、それを見ることで
みんなの多様性を知ることが
できたこと。

人の多様性を知るのは
ぼくにとっては、とても楽しい事です。

みんなが感想を書いてくれたことで
みんながどんな事を思って生きているのかを
少し知ることができて、とても勉強になった。

ぼくが誰かの発信を読む時
狭い前提をもたずに中身を見れるように
なるためには、多様性を知り受け入れる事が
必要です。

だから、みんなの生の意見を聞けるのは
とてつもなく嬉しいことです。

多様性を受け入れて
ただ、違いをそのまま認めることができれば

無意味にジャッジをすることもなくなり
色々な人に興味を持てるようになり
違う世界を知ることができ
楽しい人生が待っています。

だから、本当にたくさんの熱心な
お返事を読めてとても嬉しかったです。

ネガティブなものでも
ちょっと嬉しかったりします。

(その人がぼくをどういう前提で
見ているのかを知ることができるので
実は、少し楽しいです)

ありがとうございます。

それでは、また。

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有限会社ライズクリエイティブ代表取締役。インターネットマーケティングの専門家。著書に「人は感情でモノを買う(フォレスト出版)」など。現在はパソコン1台で世界の貧困を救うインターネット・マーケティング・イニシアティブ(IMIM)をミャンマーの学校と提携し開校している