鴨頭嘉人の半生 第6話 SOSの法則

 嘉人は自習室に向かっていた。池袋駅を降りて、出口に向かっていると、今日も元気いっぱいな声がしていた。
「ありがとうございます! 行ってらっしゃいませ!」
 若い女の子がキオスクで働いている。嘉人は、彼女に近付いた。
「いらっしゃいませ!」
「笑顔が素晴らしいね! 凄く元気になれたよ! 僕はね、君みたいな素敵なサービスをしている人に、カードを渡す事で“ありがとう”って感謝の気持ちを伝える活動を、これからやるんだ。今はまだ、そのカードが無いから、僕の名刺を持って一緒に写真を撮ろう!」
 女の子は少し戸惑っていたが、名刺を受け取り「良いですよ」と言ってくれた。
「ありがとう」
 嘉人はスマホを取り出し、写真を撮った。
「カードが出来たらまた来るから、頑張ってね」
「はい!」
 女の子は眩しいくらいの笑顔で見送ってくれた。
 嘉人は、自習室にこもった。やる事は特に無い。とにかく成功する為に、高いセミナーを探しては行くようにしていた。大嶋啓介の講演には必ず行くようにした。
 いつも最前列に座り、懇親会にも出て、大嶋に「どうすれば講演家になれますか?」と毎度訊いた。大嶋は、毎回「鴨さんならなれますよ」と言ってくれた。しかし、嘉人に仕事は全然舞い込んで来なかった。
 異業種交流会に出て、社長と出会ったら売り込んだ。
「是非とも御社で講演をさせてください。私がやれば、社員のスイッチがバチッと入って、辞めない社員、モチベーションの高い社員になり、業績アップ間違い無しですよ!」
「考えておくよ」
「ありがとうございます」
 反応はあるが、結果には結びつかなかった。

 退社してから2ヶ月後、会議室を貸し切れる事が出来た。ビルに入っている店の会議室を無料で貸してくれる事になった。
 丁度Facebookが日本に入り始めたので、嘉人は早速利用してみた。そして、すぐにイベントに招待してみた。すると、80人も集まってくれた。嘉人は、新しい仲間と出会えた事に感激した。

 半年後、ようやっとハッピーマイレージカードが完成したので、池袋駅の女の子の所へ行き、再度写真を撮った。
 しかし、嘉人はこれだけの為に池袋に来たのではない。
 お金が無くなりかけてきたのだ。そこで、他の事でまずお金を稼がないと妻に愛想を尽かされると思った。そこで嘉人は、楽読スクールを持つ事にした。これはフランチャイズで、開校する事が出来る。
 嘉人は、スクールに通い始めて、すぐ自分のブログに2ヶ月後にスクールをオープンする事を宣言した。
 すると、翌日嘉人のトレーナーから連絡が来た。
「何やってんですか、鴨頭さん。勝手にあんな事、ブログに書いちゃダメですよ」
「何でですか?」
「まずはレッスンを25コマ受講して、それからインストラクターコースで30コマ……そして平井社長と面談して、合格したら仮検定を受けて、本検定を受けるんです。それから契約をして、ホームページに開校の告知をするんです。ほとんどすっ飛ばしてますよ……」
「そうなんですか……」
「もう……こうなったら、とりあえず平井社長との面談の予定を立てますね」
「ありがとうございます」
 嘉人は全く知らなかった。しかし、目の前の信号が青になって前に進んだ事は全く無駄ではなかった。次の信号を無理やり青に変える突破力があるんだと感じた。
 数日後、楽読の社長──平井ナナエさんと出会った。
「ナナエさん! 僕、凄く心配な事があるんです。聞いてくれますか?」
「どうしたの? 言ってごらん」
 ナナエは優しく応えた。
「楽読って凄いじゃないですか! 受講生がどんどん自信を付けていって、いつもワクワクしていて、超イケてますよね!」
「うん。そうね」
「知ってますか? 池袋って、凄い街なんですよ。駅の1日の乗降客数が世界3位の250万人なんですよ。そして、僕──凄い人じゃないですか。だからヤバイんです」
「何がヤバイの?」
「だって、この楽読を僕が池袋でやったら、生徒が来すぎちゃってインストラクターが足りなくなると思うんです。それを考えていたら、心配で眠れないんです」
「……鴨さんは、もうすでに今……成功しちゃってますね。良い? 人間の願望は、思った時に既に叶っているのよ」
 嘉人は、はっとした。
 嘉人には何も無かった。お金も、仕事も、仲間も居ないのに、もう夢が叶っていると言われた事に目を丸くした。
 それから開校に必要な手続きを、サクサクと済ませ、池袋にスクールを作って開校させた。すると、オープン初月から売上が日本一になった。当時、売上がトップだったスクールの3倍も売上を叩き出したらしい。
 嘉人は、当然だな……と思った。何故ならば、最初から根拠は無いが、自信はあったからだ。人は、思った通りになるのだと自分の身をもって感じた。

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