【門の外にいる僕】一話

「アタシとトウシは友達」
「友達、とはなにをもって友達と呼べるんです?」
「トウシは棘があるよね」
「いきなりなんですね。」
「友達に線引きはないよ。アタシが友達だと思ったから友達。」
盗み聞きするつもりはなかった。
「トウシはアサヒが生きていると思う?」
「さぁ。出来る限りの現実を見るならば生存は絶望的でしょう。ですが、私は彼に生きていてほしいと願っています。」
「そうだね。アタシも。」


サクサクと山中を歩く少年は裸足だった。
ヒラヒラと揺れる長い裾は明らかに山を歩くのには不便なはずだ。
「ん?」
荒れ果てた山中で少年がしゃがみこみ、覗き込む。
「どうしたの?」
表情は優しげな微笑みを浮かべているが、目が人の目ではなかった。人の優しさを失った目。子供のように無垢にきらめきながらも、雪解け水のように冷たい目。
「君は?」
「さぁ。里の人は僕を、カミサマって。どうしたの?」
どうしたんだろうか。
存在がドロドロに溶けるように、自我を失っていく。


「そうか、辛かったね。大丈夫だよ。リラックスして、そう。力を抜いて…」
横たわった人からスルスルと半透明の糸が抜けていくと彼の手に収まった。
「あぁ、ハズレだ。」
暖かな声は途端に冷えきった。
「ヨリさん?」
「あぁ、大丈夫。上手くいったよ。」
そう言って彼は穏やかに微笑んだ。


「なぁ、お前はオレを許してくれるか?ごめんな。」
彼の涼やかな目から涙が溢れ、凍りついた。
帽子を目深に被り雑踏に消える。
「オレがお前を繋ぎ止めてやる。」
あぁ、彼を、止めてくれ。


28の刻が刻まれた時計。一つしかない針が時を刻む。
今日も一つの魂が消える。
「ここは異界のマンション。君は覚悟があって来たのでしょう?さぁ、部屋は空いています。」
エントランスを抜け、部屋の鍵を回せば魂よ消滅が確定する場。

「この門はもう閉じられたものかと思っていましたが。君、何をしに来たんですか?」
刺すような言の葉
毒を塗った棘のように痛い言葉
僕に言っているのだろうか。
僕は何をしに来たのだろう。
僕がすべき事はなんだ?
「耳が聞こえませんか?あぁ、そうですか。うまく移れなかったようですね。…門の開き方は彼女も私も知りません。門は閂をしてしまえば内側からしか開けることは出来ません。破壊してしまえば二度と元には戻らないんです。まぁ、聞こえているかはわかりませんがそのうち思い出すでしょう。」
僕はなにを
「あ、えっと」
「おや、話せるようですね。先に言っておきます。こんな事になっているのは君がきっかけです。始めたのが君なら収拾をつけられるのも君だけです。」
僕は混乱する。
思考が暴れる。
名前だ、名前を聞かなくては
「名前を」
「何故?次で私に会うかわからないのにですか?」
「それは、」
『名前を聞くのは、次に会ったとき呼べるようにだよ』
浮かび上がった紋晩さんの言葉をなぞる。
「次に会ったとき、呼べるように」
僕の口から出た言葉は驚くほど馴染んだ。
「それは…いえ。私はフジ、ツグです。」
フジツグさんは何かを言いかけた。
「次へ行くときにここを通り、私であるのかはわかりませんが。これだけは、忘れないで下さい。帰りたいのならばその気持ちを失わないように。君が望んだ道進めば良いんです。」
冷たい声。
聞くだけで鼓膜から凍てつくようだ。最後の言葉は暖かい。
僕の心は相変わらず混沌としている。
「次に会ったとき、呼べるように。そう言いましたね。君は変わらないようですね。」
長い髪が揺らめいた。
フジツグさんの影が門を開く。
蝶番が軋む音が空間を貫く。
何もない空間へ踏み出せば、空間が作られていく。
僕が進む一歩前を誰かが通った様に暖かい。

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