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天国へのmail address

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【小説】天国へのmail address 第一章・優君との出逢い

【小説】天国へのmail address 第一章・優君との出逢い

出逢い

お天道様がまどろみから覚めて伸びをする。東の空から薄明かりが浮かび上がると夜空で躍り廻っていた星達の輝きを、魔術のように消していく。
朝顔のつるに溜まった夜露が、ぽたりと地面に落ちる音が一日の始まりを告げる。
朝日ケ丘公園のベンチには老人がスマホを片手に座っていた。
橘克巳(たちばなかつみ)はこの夏で定年を迎えた。会社からは延長の話もあったが体調不良を理由に退職の道を選んだのだ。事実、

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【小説】天国へのmail address 第二章・夏休みの大事件

【小説】天国へのmail address 第二章・夏休みの大事件

夏休みの大事件

 橘が家に戻る頃には、朝顔が元気いっぱい我先にと晴れわたる大空に向かって背伸びをしていた。橘はポストから朝刊を取りいつもより軽快に言った。
「ただいま」
そう言う橘に向かって、
「お帰りなさい。いつもより時間がかかりましたが、少し遠くまで歩いたのですか? お医者様には決して無理をしないようにと言われているのですから気を付けて下さいよ」
妻の紀子(のりこ)は心配顔でと言った。

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【小説】天国へのmail address第三章・勇気の意味

【小説】天国へのmail address第三章・勇気の意味

朝デート
「優君おはよう!」
ラジオ体操が終わるのを待って橘は優輔に声を掛けた。
「おはよう! 龍馬さん」
「昨日、優君が言っていた学校の事、新聞に載っていたね。優君は何年生なの?」
「僕、僕も四年生」
「そうか、亡くなったのはお友達?」
「龍馬さんごめん、その事は言っては駄目とパパとママに言われてる」
「そうか、そうだね、龍馬さんが悪かったね。もう聞かないよ。でもね、優君がもしも学校で辛い状況に

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【小説】天国へのmail address第六章・ひと時の奇跡から『黄泉の国』へ

【小説】天国へのmail address第六章・ひと時の奇跡から『黄泉の国』へ

ひと時の奇跡
 病室で紀子は涙にくれていた。ほんの数十分前に医師から臨終を宣告された。覚悟をしていた事とは言え、現実になると涙が溢れて立っても居られない状況であった。本来ならば医師が臨終の宣告をした時点で、看護師は患者だった方の体に取り付けられた器具や設備を外し、消毒をして次の患者用にスタンバイするのが原則だ。しかし、橘の担当看護師だった渡辺雅恵(わたなべまさえ)はそれをしなかった。紀子の落胆が大

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【小説】天国へのmail address第八章・勇気の言葉と正義の刃

【小説】天国へのmail address第八章・勇気の言葉と正義の刃

第三者委員会の授業参観

 宮山小学校の会議室には第三者委員会の委員が集まっていた。数日間の教師への聞き取り調査に加え、保護者や児童への面談も実施してきた。倉田がゴリ押しをして再度実施された四学年児童全体に対する『いじめ』に関するアンケート調査の集計と検証もすでに終了していた。
「委員の皆様には大変お疲れ様でございます。本校における『いじめ』に関する調査も本日が最終日、四時間目の授業参観の後、こ

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【小説】天国へのmail address第九章・引き裂かれた報告書

【小説】天国へのmail address第九章・引き裂かれた報告書

兄に渡ったバトン

 橘が朝日ヶ丘公園に戻ると優輔が寂しそうにひとり、ベンチに座っていた。橘が横に座ると優輔は目を赤らめながら橘を見た。
「ママとお別れするのは辛いよね」
橘がそう言うと優輔はコクリと頷いた。
「また会えるよ」
「ママに会えるの?」
「ママにもパパにも会える。時間は随分かかるけれど『黄泉の国』で龍馬さんと一緒に待っていよう」
橘がそう言うと優輔はまたこくりと頷いた。その時だ、橘の

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