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感情回廊

「はい、お仕事、完了、っと」

 私は脳漿を散らして血溜まりに沈む女性の手を取り、その小指を一本切り取る。細く綺麗な指だ。もし私が女だったら、こんな女性になりたかっだろうな。そんな女性にとって憧憬の的に成り得る雰囲気を、彼女は持っていた。過去形だ。死んだ彼女に憧れる女性はいないだろう。

「指を一本、貰っていくね」

 依頼完了の証として必要だから。



 心をどこかに落としてきたね――。

 依頼主に証拠を渡し完了した報酬として得た金は翌日を待たず、夜闇とともに消えていく。地元で一番有名な風俗嬢に入れあげる、酒浸りの中年男性と言えば、私のことだ。この街の裏側に片足でも踏み込んでいる者なら誰でも知っている。そして両足を突っ込むと、私の職業を知ることになる。知らない方が幸せだろう。

 浴びるように酒を飲み、毎晩美女を抱きながら、私は快楽というものを感じたことが一度もない。

 私には感情がないらしい。らしい、と付けたのは、感情というものがよく分からないからだ。だから私にとって今の仕事は天職だ。非日常を日常として生きる者にとっては得難い能力とも言える。

 その日、

 勝手知るその街の目抜き通りはいつもと違っていた。突如立ち込めた霧の向こうに、見たこともない細い路地を見つけ、幻惑的な光景に誘われるように私はその路地を進む。

 まず言葉があった。

 あんた、心をどこかに落としてきたね。

「あなたは?」

 霧の先に凝らすと、そこには老婆が座っていた。手前にある桐の机に一冊の書物を置いて。

「心が、欲しいか?」

「欲しいとも要らないとも思ったことはない」

「本当に? もし興味があるなら開いてみるといい」

 老婆が私に渡してくれたのは、手元にあった一冊の本だった。その本には私の名前が書かれている。迷うことなく本を開いた私の目に飛び込んできたのは、ピンキーリングを付けた小指の、写実的な絵だった。

 気付けば私は宮殿のような場所にいた。

「ここは?」

「彼女の心の中だ」

【未完】