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「本物」は最後に押してもらうハンコなのかもしれない(後)

さあ後編です。前編はこちら。

本物、という言葉についての話だった。

この文章で言いたいことはタイトルにまとまっている。本物は最後に押してもらうハンコなのかもしれない。これだ。

正確に言おう。わたしは今現在「本物」という言葉は受け取り手が心のなかである感慨をもとにそっと押すハンコなのではないかと思っている。で、抽象的な話をやめよう。わたしが関心を持つのはたいてい酒関係だ。ということで今回も例にもれず酒である。酒というのは、日本酒。

結構前から諸外国で日本酒、もといSAKEの醸造が盛んになっている。日本酒とSAKEってなにが違うのよ、と思った方にちょっと説明。現在日本国内で生産しかつ諸条件を満たしたものでないと「日本酒」と呼べないからこういうねじれが起きている。らしい。まあ名前はそのものを楽しむにあたってはどうでもいい。販売やブランドやその他の面倒な事情がはいってくるとどうでも良くなるかもしれないけれど。と、それは本題じゃない。

こういう風に国内外で名前は違うけれどその精神的、物質的な本質は同じもの(その土地、あるいはその周辺の土地にゆかりがある米、米麹、水、酵母などを用いて醸造された酒、という意味で)が現れると、そのうちにおそらくこんな声が出てくる。

「いや、ウチのやつが本物だから!(外国のは偽物だから!)」

ホラ聞こえてくる。今回は「日本」酒の話だから、たぶんこれは日本の国内から聞こえてくる気がする。必死にそれを守ろうとする。(何から?何で?)

さて、それを声高に主張することにどれだけの意味があるのだろうか。

歴史はもちろん大切なものだ。そのひとたちがいう本物には、歴史がある。紡いできたもの。多くの人が関わったもの。歴史を含んだ本物を守らなければならないと考えるのにも理がある。

―しかし、何のために?

何度も言う。歴史は大切だ。けれどもそれは多くの人にとって現在の楽しさや充実感あってのものだと思う。興味がないものの歴史には残念ながら皆興味を持たない。それはそれで問題だとは思う。けど、持たない。あと、突っ込んだ余計なことを言うと興味があったって歴史を、本物かどうかを確かめるかどうかはわからない。

(さらに言えば、そういった伝統的歴史的な意味の「本物」とただ単にベリーグッドという意味の「本物」、多数にとって日常親しみやすくて楽しさを与えてくれるのはどちらだろうか。)

皆が興味があって支持されているものが直ちに本物になってそれまで紡いできたもの、紡いできた人びとの努力が無駄になるとは決して言わない。ただ、これから先の未来で諸外国のSAKEムーブメントが日本国内のそれを大きく凌駕する勢いを見せた時に、そこで「これが本物なんです!」とハンコを押して広げようとすることには一体どれだけの効果があるのか。

例えば実際に法的に争うことになったとして、そこでは歴史や伝統はある程度重んじてもらえるだろう。騒がしく楽しい居酒屋の中よりは。そして法的に勝ったとする。勝って日本酒は「本物」だと定まる。

しかし定まってどうなるのか。「SAKE」という名称をも使えなくするような決定もありうるかもしれない。けれどべつに名前なんてどうだっていいのだ。SAKEじゃなくてもなんでもいい。ポチとかタマとかよばれてもいい。実際にその飲み物が人びとを魅了していれば、その飲み物が支持されているならば、残るのはそっちだ。なんだろう。そうなったところで「歴史があるんだ!本物なんだ!」と叫ぶのって、女性に天秤にかけられて捨てられた男が「でも先に付き合ってたのはオレなんだ!あいつより多くの時間を過ごしたんだ!」って叫んでいるのに似てはいないか。これまでも大切だけれど、なにより今喜びを与えてくれるものに勝るものはないんじゃないのか。…。

ここまでアレコレ言ってから言うのも何だけれど、タイトルは不正確だ。一回訂正したけれど、そもそも根本が違う。

「本物」は最後に押してもらうハンコなのかもしれない…というのはまあ、わからない。酒のんで「うまい!」って思ったやつが最後に絶対「ああこれが本物なんだ…。」とか言って感慨にふける必要はない。

むしろこう言うべきだ。少なくとも、「本物」は「最初に」「押す」ハンコではない。最初に来るべきは正当性ではなく、楽しさ・喜びであるべきだ。一日の最初でも真ん中でも最後でも、それに触れるひとが「ああ!」って震える感動を感激を、いや、そんな大層なもんじゃなくてもいい、いっときの安らぎを、興奮を得られるってことを尊ぶ姿勢こそ大きく打ち出さねばならない。正当性は、後。まずは喜びから、そしてハンコ自体は大きく取り沙汰されることもなく価値が分かる人だけが分かる半分ナンセンスで半分意義のあるものになればいい。それを打ち出したいひとは分かるやつだけにチラリズム的に発信すればいい。

(近未来、本当に日本全国で対外的戦略として「ハンコを押す」ような活動がおこらないといいなーと思っている。)

また機会を見て考えたい。楽しい方へ。喜びのある方へいく。カンパイ。



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