歯磨き

私の趣味のひとつに歯磨きがある。

理由は単純明快、スッキリするから。
様々なものを咀嚼し汚れた口の中が清涼感に満たされていく感じがたまらなく好きだ。
私はこの自粛期間を利用して、毎時間狂ったように歯を磨いている。エナメル質なくなるんじゃないかなって思うくらい。

私の歯磨きの手順はこうだ。
まずうがいをし、その後普通の歯ブラシに歯磨き粉をべったり付けて適当に磨く。
次に歯間ブラシ。私は小林製薬のやわらか歯間ブラシと、歯医者で買ったでかい歯間ブラシを二刀流で使っている。歯列矯正をしているのでこれには特に時間がかかる。
それらで歯の間を綺麗にした後、今度は細い歯ブラシで歯を細かく磨く。
すかさず毛の長い歯ブラシにバトンタッチ。歯の付け根を血が出るまでいじめ抜く。
うがいを挟み、また普通の歯ブラシに持ち替え、仕上げみがきと洒落込む。
うがいをし、糸ようじを通す。
うがいをして、リステリンで口内をすっきりさせれば完了だ。
これだけ面倒な手順を踏むのだから、1回の歯磨きに大体30分くらいかかってしまう。
急いでる時は2分で終わるが、何も無い時はこれくらいゆっくりと磨く。スマホや本などを眺めながら歯磨きに精を出すのが娯楽なのだ。

そんな歯磨きが大好きな私だが、歯磨きが得意なわけではない。

は?
いや笑こんだけ頑張ってんなら、虫歯もないっしょ笑
という声が聞こえてくるようだが、私はなんなら人より虫歯が多すぎる。一時期、歯医者を3つはしごしていた。
何故か分からないが、こんなに努力しても虫歯がポコポコ出来てしまう。しかも大体かなりでかいやつが出来る。神経まで届いてしまったものもいくつかある。私は周りの同級生にどれだけ虐げられたり嫌なことを言われたりしても、心の中で「フン…勝手に言ってろ、歯茎に麻酔も打ったことがない脆弱が」とマウントをとっている。

そんなある日、私は祖母と歯医者へ行った。
その日向かった歯医者は地下鉄を乗り継いで行く少し遠い歯医者で、私はそこで親知らずを抜いてもらったり顎変形症の手術をしてもらったりしていた。大掛かりな治療は基本的にそこの歯医者で行っている。

いつもの通り診察台の椅子に寝かされ、口の中を見られる。
そこの歯医者はフランクな人が多く、私をあだ名で呼んできたり、衛生士さん同士が楽しげに話していたりと、人によっては過ごしやすい歯医者だ。私は陰の者だからそのノリが少し苦手だったりする。いい歯医者だが。

私の口の中を歯科用ミラーで眺めていた年配の衛生士が、ある1点で見る手を止めた。

「ん〜?」

顔を顰める衛生士。
もしかして虫歯が見つかったのだろうか。
ここの歯医者には、虫歯を作らないようきつく言い聞かせられていたので、少しドキッとした。
怒られる…そう確信して目を瞑った瞬間、衛生士が口を開いた。

「歯、ちゃんと磨いてる?」

は?と思った。
いや、磨いているに決まってる。
そこを指摘されると思わなかったので、思わず私も怪訝な顔をしてしまった。

「全然磨けてないよ?」
私「え、でもめちゃくちゃ時間かけてちゃんと磨いてますよ」
「本当かな〜?」

訝しむ衛生士。
私はムッとした。
なんだこいつは。私はこの日、特に時間をかけて磨いたのだ。リステリンも2回した。
それなのに「磨けてない」?たわけ!そんなわけないだろ!!

私は憤りを感じ、口を開けたまま間抜けな顔で「磨いてます」を主張した。

「じゃあちょっと染め出ししてみようか!」

染め出しとは、歯に赤い塗料を塗りこみ、汚れの所だけ真っ赤に染まるという画期的なものだ。
おお、やってやる。染め出しでも何でもバッチコイだ。
だって、私はきちんと磨いているから。
これで一切の汚れがない歯を見せつければ、衛生士もビックらこいて後ろにひっくり返るに違いない。

塗料を塗り、うがいをする。ちょっと強めにうがいをした。
これで私の勝ちだ━━━━━━━
そう思った瞬間に席を倒される。

「じゃあ口見せて〜」

私は満面の笑みで歯を見せた。

「ほら〜!真っ赤じゃん!」

鏡を手渡されて歯を見ると、前歯以外真っ赤に染まっていた。
前歯だけ真っ白だった。
なんで?
呆然とする私に、衛生士は呆れたように言った。

「まず、歯磨いた?」

その質問に、私の怒りはMAXに到達した。

「み、磨いてますッ!!!!!!!」

口が真っ赤になったオタクの咆哮は、待合室にまで響き渡った。

衛生士から歯磨きの指導をされて出てきた私に、一緒に来ていた祖母が「何あんな楽しそうに話してたの?」と微笑みかけてきた。
私は「いや…」と口ごもるしかなかった。
帰り道、私はドラッグストアに寄って、大量のやわらか歯間ブラシを買い込んだ。


衛生士さん、これ、読んでますか?
あの時でっかい声出して本当にすみません。
ただ、私本当に歯は磨いてるんです。
信じてください。

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