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目覚ましが鳴らなくて

なんでもない朝のはずだった。
朝6時30分に目覚ましが鳴り、ダラダラ起きてテレビをつける。歯をみがき、シャワーを浴び、トーストを焼いてコーヒーを飲む。テレビを横目に、ニュースサイトやSNSをチェックし、化粧をして、今日の運勢で上位だったら良い気分、下位だったら占いなんて関係ないと気持ちを仕切り直す。
そんな、ながら仕事オンパレードな朝。

でも、今朝は違った。

大学を卒業し、就職をして半年。なんだかんだ仕事も小慣れて気持ちにも余裕が出てきた。そして昨日、珍しく父からメッセージがきた。

「明日、打ち合わせでそっちの方に行くんだけど夜暇か?ご飯行こう。彼氏とデートだったら別にいいけど。。。」

なんだよ、最後の“。。。”は。

父はいつもそうだ。放っておけない何かを持ってる。

「彼氏なんかいないし。19時には終わると思うからご飯行こうよ」
と返す。

「おう、そうか!じゃ、明日、終わり時間がみえたら連絡する」

翌朝、目が覚めて時計をみると5時。起きるにはかなり早い時間だ。もったいないから2度寝と思うも、眠れない。ふと父の顔が頭に浮かぶ。今日、父とご飯か。

父は、自分のやりたいことは口にするけれども、強引にやろうとはしない。でも、結局巻き込まれてしまうのは昔からだ。

私が中学2年生の夏、朝起きると父が急に、

「今日、俺休みだけど、海行かない?」

と言い出した。

「そんな急に言われても、掃除も洗濯も終わってないし」と母。
「海なんて嫌よ。日焼けしちゃうし、この年で家族と一緒に行くのもなんか恥ずかしい」と私。
「そうか、、、わかった。。。」

そう言って父は寂しそうに洗濯物をたたみ始めた。

「それは私の仕事なんだから、やらないで。あなたは休みなんだから、ゆっくり休みなさいよ」
「特にやることもないしさ。。。」

父は余計に寂しそうに、捨てられた猫のような雰囲気を出しながら洗濯物をたたむ手を止めた。

このパターン。放っておけなくなるパターン。母性本能をくすぐる何かが自然と出るのだ。狙ってないからタチが悪い。父は母性本能をくすぐる天才なのだ。小学生の頃は、ただの面倒な父で、母はなんで父の言うことを最終的に聞くのだろう?と思っていたが、中学生になってなんとなくわかってきた。私はこの時、自分の中の母性本能というものをなんとなく感じたのかもしれない。

結局、この日は海に行った。三浦海岸。お酒が好きな父は遠出する時は車を運転しない。もっぱら電車だ。この日、父は怪しい袋を持っていた。

「お酒じゃないでしょうね?みっともないから電車の中で飲まないでよ!」
と私が言うと、
「酒じゃないよ。酒は海で飲むの。袋の中身は海に着いてからのお楽しみ」
と、何かを企んでいる顔で言う。

海に着くと、照りつける太陽、暑い砂浜、焼きそば、ラーメン、海の家。まさに夏真っ盛り。いろいろ眩しい、そしてthe開放感。カップルはもちろん、大学生っぽいグループ、家族連れ、遠くの海ではジェットスキーetc、盛り上がっている。

「よーし、いい感じだな。あそこを狙おう」

と、父が指さした方を見ると、大学生と思われる男女が海の中で円形になりビニールのボールでバレーボールみたいなことをしてキャッキャキャッキャ遊んでいる。

父が怪しい袋から中身を出すと、私はギョッとした。何処で手に入れたのか、それはマネキンの頭だった。

「マネキンの頭って、水に浮くんだよ。知ってた?」
「知らないわよ、そんなこと」
「ビート板代わりにちょっとお前行って来いよ」
「行って来いってどこに?」
「マネキンの頭を持つだろ?あのボール遊びしてる大学生っぽいやつらの近くに行ったら、マネキンの頭ごと潜って、円の中心辺りに着いたら、マネキンの頭を離すんだ。そうしたら、突然海から生首が出てきた!ってビックリするんじゃないかなって」
父はとてもウキウキしている。。
「いやよ!自分で行ってよ!」
「バカ、俺が行ったら変態オヤジだと思われるだろう、警察呼ばれたら困るし。だからお前行け」

そう。こういうイタズラの時だけ、父は強引になるのだ。
そして、父に対しては嫌そうな態度をしてみるも、私もちょっとワクワクしていた。血は争えない。

私は向かった。マネキンの頭を持って。
一応、マネキンが自然に泳いでいるように意識して、大学生の円に近づく。実際どう見えているかはわからないが。
一気に潜って、円の中心を目指す、あの時の高揚感は今でも覚えている。
円の中心だと思ったところで、手を離す。マネキンの頭が海上に浮いていく。

「キャーー!!!」

と、海上から驚く声が小さく聞こえる。バッチリ成功だ。

あ、私はどうなる?息が続かない、、、ああ、私も海上へ。。。。

「お前か!!こんなイタズラしたの!!」

大学生の男が私に近づいてきて言う。怒られる、、、と思った瞬間、

「面白いな!!これ何?お前1人?」
「マネキンの頭です。ごめんなさい」

怒られなかったことにホッとしたと同時に、砂浜でビールを片手に大笑いしている父を指さす。
指をさされたことに気づいた父が両手を挙げて手招きしている。全員で父のいる方に来いってことのようだ。
私は大学生達と一緒に、父の元に集まった。

「ビックリした!?」嬉しそうに父が聞く。
「そりゃー、ビックリしましたよ!」
「いきなり生首が出てくるんですよ!」
「息が止まるかと思いました」

大学生たちが口々に感想を言うのを聞き、父は満足そうだ。

「ビックリさせられただけじゃ終われないだろう。今度はビックリさせる番にならない?」

という父の一言で、オヤジと女子中学生と大学生6人で浜辺のイタズラ隊が結成された。

浜辺でも人目につきそうなところで、寝る人2人と砂を盛る人に分かれた。砂の表面は焼けるほど暑いが、ちょっと掘れば割と冷んやりしている。寝る人は砂浜に仰向けで寝て、頭部以外に砂を盛られる。砂をどんどん盛られると重くて身動きが取れなくなるらしい。

「えー、体が動かない!」
「マジ!?もっと盛ってみよう」
「ちょっと、もうやめてよ〜」
「ダメダメ、今動いたら崩れちゃうよ」

などと、大盛り上がり。周囲の人の視線を感じる。
寝ている2人の横に、同じように人に砂を盛ったようなカタチの砂山をつくり、マネキンの頭を置く父。
まるで3人寝ていて、砂を盛られているようだ。

砂をこんもり盛り終えた後、砂を盛る人たちは少し離れる。砂を盛られ横になっている2人は身動きが取れない。

「ちょっと、何とかしてよ!!」
「おーい、助けて〜、動けないよ!!」

などと、大声で騒ぐ2人。
もちろん、父のシナリオ通りだ。

しばらく騒ぎ、周囲の人がこちらに興味を持ったところで、1人の大学生が

「助けるわけねーだろ!これでもくらえ!!!うぉおおおお!!」

と叫び、全力ダッシュ走り出し、寝ている1人の頭を思いっきり蹴った。

“ポーン”と頭が宙を舞った。

その瞬間、周囲では“シーン”と音が無くなった気がした。

夏の幸せな浜辺で、大学生と思しき若者が、寝ている人間の頭を思いっきり蹴り、頭だけが飛んだのだ。
普通に考えたら大惨事である。映画ならR指定間違いなし。実際はマネキンの頭なのだが。

シーンとした後、父をはじめ大学生たちも大爆笑。ひどいイタズラだと思いつつ、私も大爆笑。母はあきれて、周囲に頭を下げていた。

このイタズラで、ちょっとした罪悪感を共有したからか、私たち家族と大学生グループは一層仲良くなった。それから夕方まで一緒になって盛り上がり、駅前の居酒屋で一緒に夕食を食べるほど親密な時間を過ごした。

「ここまで来たら、三崎のマグロを食べないと帰れないよな」
とご満悦な父。
確かに美味しい。散々遊んで疲れていたのも大いに美味に貢献していたことだろう。マグロは美味しいし、イタズラも楽しかったし、何より普段接点のない大学生のお兄さんお姉さんと仲良くなって、本当に海に来て良かったと思った。

「お父さん、何飲んでるんですか?」と1人の大学生が聞いた。
「ん!?ホッピー。飲んだことない?ホッピーってビールみたいな爽やかな飲み物で焼酎と割って飲むのよ。美味しいよ。若いお前らには関係ないと思うけど、低カロリー、低糖質、プリン体0なのよ」
「へぇ、ちょっと頼んでみようかな」
「まずは、ホッピーセットってのを頼むと、ホッピー1本と焼酎の入ったグラスが出てくるから好みの濃さで割る。ホッピーを全部入れる必要はないんだよ。焼酎が無くなったら“中”って頼めば、焼酎だけ貰えるし、“外”って頼めばホッピーがくるってシステム。ホッピー1本で“中”3杯、これが俺のペースだな」

なんだか偉そうに語る父。若者と飲むのが楽しい様子だ。私が20歳になってお酒を飲めるようになったら、父は私と一緒に楽しそうに飲むのだろうか。

「ところで、大学は楽しい?」と父が尋ねる。
「まぁ、こうやって遊んでいる時はもちろん楽しいですけど、研究は大変ですね」
「何の研究してるの?」
「簡単に言えばロボットの研究なんですけど、医療、介護の領域で何か役に立ちたいなって子供の頃から思っていて。だから大変だけど楽しいですかね」
「なんか偉いね!受験とかも目的持ってやってた方だ」
「いえ、それは後付けかもしれません。まぁロボットには興味があって、大学進学したんですけど、仲間と出会ったり、親戚が入院したり、そんな中で何となく役に立ちたいと思ったのが医療とか介護で。あ、なんか俺酔っ払ってますかね。真面目な話をしてすみません」
「全然、全然。うちの娘は来年高校受験だけど、特に目標もないみたいだからなんかアドバイスしてやってよ」
「アドバイスですか。うーん、ちょっとでも好きなことをちょっとずつでも続けておいた方が良いかなぁ。受験とか関係なく。高校受験は正直、好きな子があそこの高校行くから、くらいの理由で良いんじゃない?好きな勉強は勝手に自分でやるようになるから、きっと」
「おい!お前、無責任なこと言ってんじゃね〜ぞ!お前、好きな子いるのか?聞いてないぞ!誰だ?」
「もう、アドバイスを頼んだのお父さんでしょ!好きな子なんかいないし。。。。」
「そうか、ならいい」
「偉そうにアドバイスして、すみませんでした」
「悪いのは酔ってる父です。ありがとうございます」

と、父がホッピーを2本空けたあたりから、話が面倒臭くなったが、みんな楽しくご飯を食べて帰った。

帰りの電車で酔っ払った父は寝ていた。
「“ちょっとでも好きなことをちょっとずつでも続ける”か」と私がつぶやくと
「あの、大学生、良いこと言ったわよね。高校受験の理由は確かに無責任だけど」と母。

来年は受験生。ちょっと不安で暗い気持ちになっていたのは事実。受験を考えると、のんびりできる夏は中2の今だけなのかなぁって思っていた。
父の今回の海の誘いは、そんな私のことを思ってのことだったのかも。
いや、そんなことはない。ただ、休みで遊びたかっただけだ。でも、大学生の言葉が心に残ったのは事実。勉強なんかしてないふりして、なんの苦もなく高校も大学も合格したら父も母もビックリするかな? これは誰も気づかないイタズラかもとワクワクしてみた。
ちょっと素敵な夏の日だったな。
私は、隣で寝ている父をぼーっと見ながら思った。

そんなことを、2度寝できないベッドの中で思い出していた。

まだ、目覚ましは鳴らない。

今夜の店は何処にしよう?と考える。フレンチ?イタリアン?和食?なんだかデートっぽい。父とはちょっと恥ずかしい。
父はいろんな物が食べられる居酒屋が好きだから居酒屋にしよう。
そうだ、先輩に連れて行ってもらったお店にしよう。

そのお店は何を食べても美味しい居酒屋。印象に残っているのが、お店でホッピーを頼んだときのこと。

「ホッピーって、渋いね」と先輩。
「ホッピーって低カロリー、低糖質、プリン体0なんですよ。渋いっていう方がちょっと古いかもしれませんよ笑」

と、父の受け売りで答える私。

ホッピー1本とグラスが出てくる。グラスにはシャリシャリの氷しか入っていない。

「すみません、焼酎入ってないんですけど」と店員に言ってみる。
「あー、それ凍らせた焼酎なんです。そのままホッピー1本で割ってください。グラスに氷と焼酎が入ってる場合が多いと思うんですけど、ウチは焼酎もホッピーも薄めたくないんで氷は入れずに、焼酎を入れたグラスそのものを冷凍庫に入れていて、それを提供させていただいているんです」
「あ、、、そうなんですね」

父の受け売りで、先輩に知ったような口をきいておきながら、そんな飲み方があるなんて知らなかった自分がちょっと恥ずかしい。
飲んでみると美味しい。いつもよりコクがあるというか、濃い感じ。飲み進めても薄まらない。
ホッピー1本で“中”3杯、父のペースはこの店では通用しない。
父もこの店ホッピーを頼んだら、焼酎入ってないぞ!と言うだろう。
このホッピーを飲んだら、どういう顔をするかな?
私のイタズラ心がちょっとだけ疼いたのを思い出した。

“ちょっとでも好きなことをちょっとずつでも続ける”
私のちょっと好きなことは、人をちょっとだけでも幸せに、笑顔にするイタズラで、ちょっとずつ続けてきたんだ。父のように。
いつか父にそんなイタズラをしてみたいなぁ、と思っていたので、このお店のことは覚えていた。

うまくいくと良いなぁ〜。

そう思った時に、目覚ましが鳴った。
いつもの何てことのない朝が始まる。
でも急に決めたけど、今夜、初めて父にイタズラを仕掛ける。
うまくいくかな? 海からの帰り道からずっと言いそびれた、ありがとうって言えるかな?

今朝はちょっとだけ特別な朝になった。
いつも、ありがとう。

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夏の思い出

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