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他人の言葉の棘が取れないときには。

他人の言葉が、魚の骨みたいに
体のどこかしらに刺さっていつまでも抜けない。
そんな出来事がたくさんあった。

「私」という人間と言ったときに一番先にその反応を思い出す。

だけど、その「私」なんて人は途中からできたのは明らかで
それまでの「私」はまた違うキャラクターだった。
もっと言えば、それらは単なる反応の傾向でしかなくて
「私」というイメージを今ここで選んで作ったものでしかない。

「私」なんてどこにもなくて。
どこまで行っても、ただここにいるだけの存在。

それはとっても心地よくて
それはとっても安心できて
それは誰もいない瞬間。

今日は、そんなただの灯火からお願いされたような気がした。

今日の歌のテイク(お仕事で歌っています。)をどうか
誰かの何かでダメだったと憎まないでと。


ただ頑張ったねと褒めてあげて
だってやれるだけの全てをやったのだから
もっと人のことを気にしないで歌えたかも、とかそんなことも
終わった今だから言えることで
今日のあの瞬間の全ては、この歌だったから
全部だったから、よくやったね、よくやったねって
良かったね、とか、素晴らしい、とか
そういう言葉で褒めないで、ただ
よくやれたね、って褒めてくださいねって

そう灯火に言われた気がしました。

歌うことが目的で
どんな歌であるかは、ここでの目的ではないから
この命は歌おうとするだけで
そのどれがいいかとか判断は
ここではない、あちらの方でのことだから

ただここでは、歌う、ということができれば

よくやったね、と満足であることだから。

心に棘が刺さるのは
そういう風に思えなくて、あちらに心を奪われているから
お疲れ様!っていうただ一つの褒め言葉が出てこないから。

こちらでいい。もうあちらに行かなくても、私は大丈夫なんだから。

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歌い手^_^名探偵コナンOPでデビュー♫ 自転車とオールドレンズが趣味【ゆるぽたレンズくらぶ】音楽ユニット活動中♫インスタ▶︎ https://www.instagram.com/ryoko_inagaki/ HP▶︎ https://potalen.ryoko-web.com
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