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私たちには曇りぐらいがちょうどいい

夫が高速のSAでちょっとトイレ、と車を止めた。
私は少し体調が悪かったので車の中で待ってるね、と言って背中を見送る。
結婚してすぐのころ、仕事行ってそのまま帰って来なかったことが何度かあったせいか、背中を見てるとこのままあの人は帰ってこないんじゃないかなぁ、と思うことが未だにある。

しばらくぼんやりとしたあとスマホを取り出してTwitterを見て、Kindleと迷ったあとネットニュースを開く。

夫はよく遅刻する人だった。外での待ち合わせなんて最悪だ。いつまで待っても来ないから痺れを切らして電話をかけると「ごめんごめん、まだ家だわ」と悪びれもせずに言う。
そんなんだから、私はすっかり暇の潰し方がうまくなった。Kindleには未読マンガが常にダウンロードされているし、小説もネタ出し用のノートもバッグに入ってる。読書なり作業なりに没頭しているとふらりとやってきて「終わった?」と聞いてくる。「あともう少しで終わるから待ってて」とでも言えればいいのだけれど、大人になりきれない私は「40分遅刻!」と声を荒げたりする。
きみの携帯はいつも私のスマホより10分早い時間を表示しているみたいだけれど、それにはなんの意味があるの?

ネットニュースを眺めているうちに、夫がトイレに行ってからどれぐらい経ったのかわからなくなっていた。
忖度って誰が言い出したんだっけ、などと考えながら空に視線を向ける。私たちが出かけるときはいつも曇りだ。結婚式の日は曇天で「お日柄もよく、とも、足元の悪い中とも言えないね」と弟が困ったように言っていた。今見ている空も雲っていてお日さまは見えそうにない。
ちょっと寒くなってきたな、と呟くと運転席のドアが開いた。

「遅かったね」
「うん、飲みもの買ってた。奥さんには焼きリンゴティー」
「焼きリンゴティーとアップルティーってどう違うの? ……あ、ホットだ」
「うん、奥さんおなか痛いって言ってたからあったかいのにした」
「旦那さん優しいね」
「旦那さんだからね」
「旦那さんじゃなかったら優しくないの?」
「旦那さんじゃなかったら他人だからね」
「じゃあ奥さんは旦那さんの奥さんでラッキーだね」
「そうだよ。旦那さんは他人には冷たいからね」
「あ、焼きリンゴティー、アップルパイの味がする。飲む?」
「美味しいなら飲む」
「まずくても飲みなさいよ、そこは」

アホみたいなおしゃべり遊びをして、今は日々が過ぎていく。
ちゃんと夫は帰ってくるし、待ち合わせもしないから遅刻に怒ることもない。
私が早起きしなければならない日は夫の携帯のアラームが先に鳴る。私のスマホのアラームが鳴る10分前に。

シートベルトをして、夫がハンドルを握る。
平日夕方の東名高速は空いていて合流もスムーズだ。

「もうすぐ結婚記念日だから旦那さんの好きなところってどこかなー、って考えてたんだけど」
「うん、どこ? 顔?」
「いや、好きなとこないな、って」
「えっ」
「でも、嫌いなとこもないな、って」
「すごいじゃん」
「すごいね。2日に1度はムカついてるけどね」
「ひどい」
「ひどくない」

無理かもしれないけど、心穏やかな日がずっと続けばいいのに、と思わずにはいられない。

#コラム #エッセイ #夫婦 #子なし夫婦 #結婚生活

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