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【小説】好きだと言ったのは君なのに/第1話


醤油の一気飲みは無理だ。
今朝、一口飲んだだけで、後悔した。慌てて水を流し込んだ。

どうせなら、旨い酒で死んだほうがいい。そんなの分かり切ってる。当たり前だ。
そう思いついて、飲み始めたのは昼の1時だった。

今は、夜1時半。
12時間以上飲んでいた。

頭が痛い。喉がひりつくように渇く。
一体、どれだけの酒を飲んだだろう。
寝静まった家の中。ひとりキッチンで水を煽った。

親父のウィスキー一本。年代モノで結構な値段のするものだ。それから芋焼酎。台所にあった日本酒。料理用の新品の赤ワイン、一本。それから、自分で買ってきたチューハイ五本。

最初は、醤油をボトル一本飲んで死んでやるつもりだった。
昔、醤油を1リットル飲んで自殺をした女性がいるという話を聞いたからだった。醤油ならうまいし、いい死に方だと思っていたが、塩分のことを忘れていた。
なんで死のうと思ったかって? よくある話さ女に振られたのさ。


滑稽な話じゃないか。21の男が女に振られて、醤油を飲んで死ぬのだ。ニュースになる。美人で男好きそうなニュースキャスターが笑いを噛み殺しながら、神妙な顔して俺の訃報を伝えてくれる。

『今日の午後、I市で男性の遺体が発見されました。遺体のそばには、醤油が入っていたペットボトルが転がっており、死因は大量の醤油を摂取された為と思われ……』

話題になるに違いない。きっと、友人たちはみんな俺がなぜ自殺したかを悲しそうな顔をして話し合ってくれるだろう。一風変わった死に方にこみ上げてくる笑いを押し込めながら。死ぬ気で笑いを取りにいったのだと笑ってくれても一向に構わないのだが。
笑ってもいいから、早く俺が死んだ理由に行きついてくれ。ほら、早くはやく。

そう。せぇの。

あいつが死んだのは彼女に振られたからだ。

その真実にはすぐ行き着く。そうすれば、温かき友人たちは、きっと彼女を責めてくれる。

お前のせいであいつは死んだんだ。

あいつの命をお前が奪ったんだ。

どうするつもりだ。

あいつの両親は嘆き悲しんでいるぞ。

泣いて謝れ、死んだあいつに泣いて詫びろ。

そうすれば、彼女だって俺を振ったことを後悔する。きっと一生俺のことが忘れられなくなるんだ。ああどうして私はあの人のことを振ってしまったのかしら。こんな私、もう誰とも付き合う資格はないわ。結婚もできずに寂しく死んでいくんだわ。そう、彼のことだけを考えて……。

死んで彼女のことを手に入れられるなら、喜んで死のう。

なのに残念ながら、醤油を飲むことはできなかった。辛い。辛すぎるのだ。とても大量に摂取することなどできない。

仕方がないから、急性アルコール中毒で死ぬことにした。大したことのない人生だったのだ。なら最後にうまい酒を飲んで死んでも誰も文句は言わないだろう。そう思って浴びるように酒を飲んだのに……。
夜が明ける頃、気分は悪かったが、俺は死にそうにもなかった。吐きもしなかった。何度も小便をしにトイレに通っただけだった。

「死なねぇな」

どんな方法でもいい。死ぬのだ。死んで彼女の記憶に残るのだ。
考えた。どうすれば死ねるのか考えた。

感電死。目玉が飛び出ると聞いた。それは母さんが俺を見つけたときに驚くから困る。それに、棺桶に入ったときに、誰にも顔を見てもらえないじゃないか。

首吊り。これが一番ベタだ。でもあれは糞尿まみれになると聞いたことがある。穴という穴からいろんなものが出てくるとか。そんな臭い死に方は困る。

ガス中毒。ダメだ。家族を巻き込む。

飛び降り。スプラッタは嫌だ。死ねなかったから痛い思いをするし、入院費とか、金がかかる。

綺麗な姿のままで、楽に死ねる方法……。

「山だ……」


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