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「冷たい道」母との記憶/短文バトル444

父は事業に失敗すると、住む場所を変えた。
奈良、大阪をいくつか転々としたあと、新潟に引っ越したのは私が5歳のとき。
常に不機嫌そうな父は子どもたちを無視し、祖母は母を上品そうな汚い言葉で家の中に閉じ込めた。

母が私と妹の手を引いて、夜に新潟の家を出たのは新潟に住むようになって2年目の冬だった。
「どこにいくの?」
「どこに行こうか」
私の問いに母は泣き笑いのような表情で答えた。
寒かったけれど、雪は降っていなかったので、10月か11月か。
家の目の前にある長い長い坂をゆっくりと上る。登り切った先に国道があってその先には長い雑木林、そして海があった気がする。
信号が青になっても、母は国道を渡らなかった。何度か信号を見送ったのちに、母は「忘れ物をしたから帰ろうか」と長い長い坂を下り始めた。

家に帰ると、父と祖母が待っていた。
私と妹は布団に潜り込まされ、遠くで母の泣き声を聞きながら眠った。

あの日、母はどこへ行こうとしていたのか。

年末に会った母は、「最近の野球は楽天の試合がおもしろいのよ」と笑っていた。


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