グッバイ初恋

グッバイ? 初恋

高校2年生。夏休み最終日。
クラスメイトの男子が突然、家にやってきた。

村岡彰大。教室では仲が良いけど、外で会ったのは初めてだった。つまり、その程度の関係。
夏休みに一度ぐらい、遊びに行けたらいいのにな、って思ってたけど叶わなかった。つまり、私はそういう気持ち。
だから、1ヶ月ぶりに顔を見て、私はこれでもかと言うほど舞い上がっていた。

「ちょっとだけ時間ちょうだい」

連れ出された、近所の公園。
そこで切り出された話。

「おまえのこと、好きだ」
「えっ」
「でも、オレ、2学期から東京に行くんだわ」
「は?」
「だから、返事は10年後にくれないか」
「な……っ?」
「10年後、迎えに来る。そのとき、まだおまえが独身だったら、結婚してくれ」

***

からかわれたのかと思った。

でも、村岡は本当に東京へと引っ越して行った。
私が住む街から東京までは新幹線で2時間程度。
会いに行こうと思えば会えるけど、どこに住んでいるかも知らない。
電話はかける勇気がなかった。

ちゃんと、私も好きだって言いたかった。
でも、言えなかった。
そして、10年後。
村岡のことは、よく見かける。
再会したのはあいつが東京に行ってから1年後。テレビの画面越しに。
村岡は俳優になっていた。
そのために東京に行ったらしく、あっという間に売れて、人気者になって、今でもドラマで、CMで毎日のようにその顔を見る。
初恋の人が人気俳優って笑える。

別に期待していたわけじゃない。自然の成り行きで、私は独身で彼氏もいなかった。
地元の出版社に就職して、今でも実家に暮らしている。
そして、今日、27歳になる。

顔が見たい。

そう思って、テレビをつけた。
このチャンネルのこの時間帯に村岡が出ているCMが必ず流れる。

「誕生日おめでとう、って言ってほしいなー。なんつって……」

ヘラッと笑いながら、ベッドに寝転がったそのとき、部屋のドアが開いた。

「なに、お母さ……」
「うわ、全然変わってねぇな」

びっくりしすぎて、ベッドから転げ落ちた。

「おい、大丈夫か?」
「え……う、う、う……」
「久しぶりだなあ」
「ひ、ひさしぶり……え、なんで……」

頭の中はパニック状態だった。

「いや、来たらお母さんが部屋にいるからどうぞ上がって、って」
「は? お母さんってば……いや、そうじゃなくて、どうしてうちに来てるの!?」
「なに、もしかして、オレが言ったこと忘れた?」
「……え」

あのこと、を言っているんだろうか。
いやいや、そんなバカな。

「まあいいや」

村岡はニーッと笑うと、私の顔を覗き込んだ。

「結婚しよ」

眩暈がした。

「し、しないよ……」
「なんで? 彼氏いる?」
「だ、だって、あれでしょ、なんかそういうバラエティの収録じゃないの? 昔の友達のところに行ってドッキリ仕掛けて反応見ようとかいう……」
「ああ、去年ぐらいにそういう番組出たなー」
「それに、この前、若い女優の子と写真撮られてたじゃない! 水曜の21時のドラマで共演してた!」
「みんなでごはん行ったところを撮られただけだって」
「そう言ってたのは見たけど! 芸能人ってみんなそうやって誤魔化すんでしょ? ほかにも雑誌で写真撮ったカメラマンと……!」
「……ってか、俺の出てた番組とか、ちゃんとチェックしてくれてるんだ?」
「っ……」

村岡がもう少しだけ距離を縮めてくる。
そうだよ、そして、そんなウワサを聞くたびに、そっと耳を塞いだ。悲しむこともできない。悲しめるほど、近くにいない、って思ってた。

「オレのこと、キライ?」

私が本当のことを言ったら、きっと笑うんだ。そうでしょ?
でも、ずっと後悔してた。あの日、一言も自分の気持ちを言えなかったこと。

「キライなら……帰るけど」
「ま……待って!」

立ち去ろうとする村岡のシャツを思わず引っ張っていた。

「ん?」

10年越しの気持ちを言うから、あと、5秒だけ、待って。

『ずっと、好きだったの』

お願い。
嗤ってもいい。
でも、私の言葉を聞いて一瞬だけでいいから、私のためにだけ微笑んで――。

ありがとうございます。 本と旅費として活用させていただきます! 旅にでかけて次の作品の素材に☆☆