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「結婚」をする理由

「おまえらのところはまだ子どもはできないのか。そろそろ年齢的にも厳しいだろう」

年末に実家に帰ったときに父が言った。
ああ、この年末年始、日本のいたるところでこんな会話が交わされているんだろうなあ、と思いながら、嫌な気分にはなる。

「うちは、子どもは作らないって決めてるから」

これ、前回実家に帰ったときにも言ったなあ。
そんな私に何故だ、と食い下がる父。

「子どもを産んだとしてもオットくんの稼ぎだけじゃ、なかなか厳しいよ」
「そんなの、どうにかなるだろ」

なんちゅう無責任な、とため息が出る。

ずっと2人で、と決めるのにはいろいろと事情があるわけだし、それを話したところで伝わらないだろう、という諦めもある。
もう何度も投げかけられた言葉だから、ヘラヘラしながら答える。
そんな私に父は言葉を重ねる。

「それならどうして結婚したんだ」

なぜ結婚したのか。子どもを産まないなら結婚をしてはいけないのか、結婚をしたのなら子どもを産まなければならないのか、マストなのか。

***

こういった父の無責任かつ、凝り固まった思想から吐き出される言葉には慣れている。なぜ結婚したのかと聞かれれば、その理由の上位に「父親の支配から逃れたかった」というのが入ることを父は知らない。
昔は「俺はすごいんだ、慕う人間もたくさんいる」という話をよく聞かされた。この日も、「講師をした研修で若い女の子を泣かしちゃったよ」と楽しげに語っていた。子どものころは力を持っていて恐ろしかった父が、今は幸か不幸かよく聞くおじいちゃん(それも悪いタイプの)だと知ってしまった。
父と同じようなことを言ったり、威圧の仕方が同じ男性には若かろうと年を重ねていようと近づかないようにする。この基準は自分が思っていたよりも正しく、それで難を逃れたことは数えきれないので、その点には感謝している。

父の言葉に影響されることは少なくなったけれど(そもそも会う機会が年に1~2回程度だ)、それでも小さい頃からの習慣というのは恐ろしく、耳から入ってきた言葉に頭が反応してしまう。いい年として情けない、と思いつつ、時間が経つにつれて、言葉が重みを増していく。

同世代の友人たちはパパ、ママになって世界に「何か」を残している。
子どもを産まない私は何も残さずに酸素と食糧と水、そのほか諸々を消費しながらも何も残さずに死んでいくのか、と。
それってものすごく罪なことなんじゃないのか、なんなら、「なぜ結婚したのか」どころか、「なぜ生きているのか」というところにまで行きついてしまう。

***

ヘラヘラとしたまま実家を出たけれど、なんとなく帰る気にはなれず、ひとりでカラオケに行き、グビグビとお酒を飲みながら、曲を垂れ流す。もう仕事納めをしたあとでよかった。そうじゃなかったら、パソコンの前に座り、一文字も書けないことで「自分は無能だ」とさらに絶望をプラスするところだった。
それでも頭の端っこで、お酒とカラオケの一室を私のせいで無駄にしてしまった、とネガティブが襲ってくる。

しかし、この手のネガティブには慣れてしまっている自分もいる。時間ですよ、というお知らせにすごすごとカラ館から退店した。勢いに任せて飲んだせいか、久しぶりに気分が悪くなる。ヤケ酒ほど体に悪いものはない。

家に帰り、布団にくるまる。
少しばかりウトウトとしたけれど、夫が帰宅した音で目覚めた。

「実家どうだった?」と開口一番に聞いてくれた。気にはかけてくれていたらしい。父にこれこれこういうことを言われて嫌だった、と話すと、「だから俺も一緒に行くって言ったのに」とため息をつかれた。夫が一緒だろうと父は同じことを言ったと思う。そして夫が歯に衣着せぬ言葉を返して険悪な雰囲気になったかもしれない。それで気をもむのが嫌でひとりで行ったようなところはあるけれど、今さら私が空気を読んでヘラヘラしたところで一銭の得にもならんない。

「そうだ、子どもを産まない理由でオットくんの稼ぎが少ないからって言っちゃった。ごめんね」
「え、いいよ。年収低いのは本当のことだし」

いやあなたケラケラ笑ってるけどそこはがんばろうよ、と思いつつ、まあもうどうでもいっか、となる。

なぜ結婚をしたのかと聞かれたら、それはこの人と気楽に生きたかったからなのだなあ、と思った。

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