ピンチを楽しみながら乗りこえる。大村屋の次なる20年へつなぐ大浴場への想い
こんにちは。ライターの大塚たくまです。
2024年5月より大浴場の改装工事を行ってきた嬉野温泉の旅館大村屋。ついに11月1日に女湯が完成し、男湯と女湯の両方の大浴場が完成しました。
旅館大村屋のアイデンティティだった、開放的な大きな窓と浴槽の深さはそのまま活かしています。
さらに、これまでの大浴場にはなかった源泉かけ流しの半露天風呂がつくられました。
半露天風呂には、これまでも旅館大村屋と接点があった温泉好きの岸田繁さん(くるり)が制作した入浴専用音楽が流れます。
↓女湯オープン直前に撮影したYouTube
着工前に見積額が5900万→1億6000万に
大浴場改装完了までは、平坦な道ではありませんでした。
工事着工まで1か月を切った4月中旬、もともと提示されていた5900万円程度の見積金額が、1億6000万円程度にまで上がってしまうという事件が発生したのです。
昨今の建築資材の高騰、人件費の高騰などの影響によるというもの。元々の計画通りに着工することは諦めました。それでも、当初の約2倍の9000万円程度はかかることに……。
建築費はまだまだ高騰していく可能性が高いと言われるなか、悩んでいる間にも大浴場の老朽化は進んでいるという状況。
これからも旅館大村屋を続けていくうえで、大浴場を改装しない手はありませんでした。
でも、どうしても9000万円は高い。そこで、苦肉の策として取り組んだのが自前のクラウドファンディングでした。
既存のプラットフォームを使わないクラファン
旅館大村屋はこれまでも、既存のプラットフォームを使わない、自前のクラウドファンディングを行ってきました。最初に行ったのは、2020年にコロナ禍で企画された「HELP!旅館大村屋」です。
この時はメールで申し込み、銀行振込をしていただく形をとりました。2回目は「お客様、まちへCOME TOGETHER」という企画。
この時はnoteで想いを発信し、自前のECサイトでリターン品を購入していただく形をとりました。今回もその形式でクラウドファンディングを実施したのです。
題して「All 湯〜 Need is Love」。大浴場が新たにオープンするためには、あなたの「愛」が必要というメッセージを込めました。その結果、大浴場がオープンするまでに650万円を超えるご支援をいただくことになったのです。
クラウドファンディングは、プラットフォーム起点で支援者が集まる要素だけではなく、SNS起点やオフラインでの人間関係で支援が集まる要素も大いにあります。むしろ、そこが重要です。
クラウドファンディングの実行者に情報発信力があれば、必ずしも既存のプラットフォームを使う必要はありません。別にAmazonや楽天に出店しなくても、ネット通販ができるのと同じです。
自前のクラウドファンディングの最大のメリットは、手数料を引かれないところにあります。今回、既存のプラットフォームの手数料の相場である2割を支援金額から支払うことになると、130万円を超えます。リターン品の発送もしなければならない中で、これは大きすぎる出費です。
大村屋に支援してくださった方の気持ちを大浴場の改装に生かすためには、既存のプラットフォームに頼らない手段が必要でした。
自前クラファンによって生まれた支援の多様性
2024年11月1日。当日の午後にオープンを控えた、女湯の脱衣所でインタビューを行いました。
──ついに、大浴場オープンですね。
そうですね〜……。計画を始めてからだと、約2年になります。
──クラウドファンディングも盛り上がって、支援金額は650万円を超えています。
300名を超える方々に支援をいただきまして、本当にありがとうございます。自前のクラウドファンディングにしたことで、本来なら100万円を超える手数料の負担がなく、リターン品の費用を除く、カード決済手数料の数%くらい以外の全額を改装費用に使えました。
──自前のクラファンだったことで、支援の形も多様性がありました。
そうですね。note記事によって事情を知った荒木眞衣子さんがチャリティライブを開催してくださったり……。
佐賀が誇るサービスマンの鳥谷憲樹さんが「チャリティーワインの夕べ」というイベントを企画してくださったこともありました。(しかし、大雨のため中止)
──記事がきっかけで大村屋でチャリティイベントを開催する方が現れ、その収益もクラファンの支援金額に加算できたのは、盛り上がりましたね。
旅館に直接、お金を持ってきてくださる方もいました。「もうリターンはいらないから」と封筒にお金だけを入れてくださって。地元の方がSNSで見て、すぐに駆けつけてくださることもありました。それこそ、昨日もいただきました。とても嬉しかったです。
──普通のクラウドファンディングでは見られない、オフラインの繋がりによる直接的な支援が数多くあったんですね。
今回の大浴場改装を通じ、お客様との関係性がより深まったような気がしています。大浴場の改装費用という、本来お客様には関わりのない内情の問題に関わってくださった方々の存在は貴重でした。
単なる改装が「待望のリニューアル」に
──「大浴場の改装」って、旅館からすれば一大事ですが、お客さんからすれば「ふうん」くらいのことだと思うんです。
本来はそうですよね。でも、今回はクラファンをやったことで、皆さんに楽しみにしてもらえたと実感しています。
──ぼくも両方のオープンを心待ちにしていましたし、完成した時は感動しました。
これまで改装といえば、発注して、設計士さんや大工さんと一緒にやるっていう感じでした。でも、今回はそのチームに「クラファンで支援してくださった方々」が加わったような感覚です。
──大村屋の大浴場というだけでなく、みんなの大浴場って感じがしますね。
大村屋は温泉旅館として、大浴場という「パブリックなものを持っている」ということに改めて気付かされました。自分のもののようで、自分のものではないなと。
──クラファンや入浴専用音楽によって、大浴場に新たな価値が生まれたように感じます。
そうですよね。そういえば今日、隣の鹿島市からいらっしゃった女性のお客様がくるりのファンの方で。旅館大村屋で販売が始まった、入浴専用音楽のCD「MUSIC FOR THE ONSEN」を購入しにいらっしゃったんです。
──くるりパワー、おそるべし。でも、女性ってことは女湯がまだオープンしてないから、大浴場には入浴できませんよね。
その通りです。そこで「せっかくなんで、よかったらオープン前の女湯を見て行きませんか」とお声かけしたんです。そしたら「いいんですか!?」と喜んでくださいました。女湯を見学した後、大喜びで帰っていかれました。
──なんだその出来事は……。温泉に1秒も浸かっていないのに、満足して帰るなんて。前代未聞ですよね。
入浴専用音楽やクラファンにより、温泉に温泉以外の価値がつきました。これは発見だったと思います。
旅館大村屋の集大成的な大浴場に
──今回は「入浴専用音楽」も大きな見どころです。大浴場の付加価値として、音楽を選ぶって、独特ですよね。
一般的には、大浴場で付加価値をつけるとするなら「サウナ」なのかなとは思います。一度は「サウナをつけようか」とも考えました。
──一度はサウナを考えたのに、どうしてやめたんですか?
「サウナはちょっと大村屋らしくないかな」と思ったからです。嬉野温泉の泉質を、存分に味わっていただく方がいいのかなと思いました。
──それで入浴体験を向上させる音楽へと向いていったんですね。
わたし自身がサウナマニアだったら、そうしたのかもしれません。そういうわけではなく、普段は温泉に集中する方なので。自然体でいたかったというのはありますね。
──大村屋にとっては「入浴専用音楽」が自然体、ということなんですね。それもすごい話……。
今回の大浴場は、これまで旅館でつくってきたものの集大成のような気がしています。まず、入浴専用音楽はくるりの岸田さんとの出会いがないとできていません。昨冬の「慰安旅行」イベントなどもあり、関係性が深まってきたタイミングでした。
──もともと北川さんはくるりのファンで、温泉と音楽を掛け合わせたイベントは念願でしたからね。
10年以上前から思い描いていた
さらに半露天風呂の岩型の防水スピーカーはF.T Nextの藤川さんのおかげで見つけられたものですし。
現在、脱衣所で「脱衣空間音楽」として流している「ロマンス温泉」もVIDEOTAPEMUSICさんに作っていただいたものです。
そのほか、デザインに関してもそうだし、クラファンの企画やライティングに関しては大塚さんだし、いろんなクリエイターの方々の尽力があってできていることです。
──旅館大村屋って、しっかりコンセプトがあって、超プロダクトアウトなイメージなんですけど、実際はそうでもなくて。けっこう、クリエイターさんに任せていますよね。
コンセプトはお伝えするんですけど、そのあとは大体お任せですね。こだわるところがあったとしても、本当に少しだけです。「全部自分のこだわりで!」みたいなのは全くなくて。
──ぼくの文章も直しがほぼ無いですよね。最初の頃、てっきり大量に赤(修正)が入ると思っていたので、意外でした。笑
もう蓋を開けてみると「こんな感じなんだ」って、こともあります。「違うかな」と思っても、一旦は肯定的に捉えますね。すると、大抵「これもアリだなぁ」と思えてくるんです。
──実際、旅館大村屋に来ると、さまざまなクリエイティブにちゃんと一貫した統一感はあるんですよね。
普段、イベントのチラシなど、大村屋の各種デザインをお願いしている長尾行平さんに至っては、近年「デザインの打ち合わせ」なんてしたことないですよ。それくらいの濃い関係性でできているのが、すごく幸せだし、安心です。作品も客観性を持ったものになりますしね。すべて自分の思い通りにしようとは思っていません。
──各クリエイターさんが、大村屋のアイデンティティを熟知したうえで、第三者としての客観性も持っているという状態になっているんですね。
ただ「誰にお任せしようか」という人選の面では、かなり熟慮します。そうやって、せっかく選んだ方なので、お任せしたいんですよね。任せた方がよい部分がたくさんあるはずなので。
──各クリエイターが旅館大村屋のアイデンティティをそれぞれの解釈で表現していく様は、面白いなぁと思います。それが独特のバランスを保っている要因かもしれません。
最近は建築士・長田よしろうさんとのコラボが続いている
バンドのジャムセッションみたいな感じでつくりたいんです。自然にセッションしている間に曲ができるみたいな。そんな感じで作っていくのが好きですね。
大村屋は大浴場とともにネクストシーズンへ
──旧大浴場は平成元年から35年もの間稼働していました。また新たな大浴場との未来がスタートします。
最初に嬉野へ帰ってきた16年前、旅館大村屋は正直、潰れかけでした。その後、設備投資を重ねてきて、現在の借金、実はその時くらいに戻ったんです。
──おお、そうなんですね。でも、あの時とはまったく状況が違う。
そうです。いい客室もできたし、Music Barもあるし、大浴場もできたし、若い人材もたくさんいます。正直、借金の額には落ち込む気持ちはあるものの、「奮い立つ」という気持ちもありますね。
借金額が増えたり減ったりしながら、ここまできました。借金に落ち込むだけじゃなく、「よし、やるぞ」と勇気が湧きます。同じ借金額なら、絶対に今の方がいいです。16年前、まさかこんな状況になるとは思いませんでした。
──なるほど。この大浴場、節目ですね。
まさに節目です。ぼくも今年40になり、ひとつの区切りではあると思っています。「シーズン1」が終わったような。これから「シーズン2」が始まる感じ。次の世代に渡すための、重要なシーズンが始まります。
──大浴場のリニューアルとともに、新たな幕開けを告げた旅館大村屋。ぜひとも、たくさんのお客さんに来てほしいですね。
そうですね。大浴場の工事中はお客様にもご迷惑をおかけしましたし、売上も想像以上に落ちてしまいました。ここから盛り返していければと思いますので、ぜひともできたての大浴場を体感しに、嬉野へお越しください。
──本日はありがとうございました!
2024年5月以降、noteを通じてクラウドファンディングの状況をお伝えしてまいりました。たくさんの方に読んでいただいた上、650万円を超える支援という、想像以上の結果に驚きを隠せません。改めまして、ありがとうございました。
この「嬉野温泉 暮らし観光案内所」では、旅館大村屋の公式アカウントでありながら、嬉野で暮らすまちの方々のインタビューなどを中心にお伝えしてきました。
今回のクラウドファンディングを通じ、旅館大村屋の内情について、多くの発信ができたことはよい機会だったのではないかと感じております。今後とも旅館大村屋を応援していただけますと幸いです。
あなたも、ぜひとも嬉野温泉へいらしてください。そして、一緒にまちを歩きましょう!私たちは、いつでも旅館大村屋でお待ちしております。
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