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ニホントカゲ

 職場の建物内に紛れ込んだ、ニホントカゲ。
 体色の美しさにかけて、国内トカゲ界では金メダルのこの子である。

 酷暑で建物の中に逃げ込んだのなら、外に出すのは死を意味するかもしれない。しかし、確かに建物の中は外気よりずっと涼しいのだが、もう学生たちは休みに入っているし、冷房を入れているのも職員がいる事務室だけだ。お盆休みに入れば、熱がこもった巨大なコンクリートの墓場と化す。そこではまず水を得ることが難しい。建物の中に全長10cmもないこの若い個体の小さな口で食べられる生き物は少ない。他の個体と出会う機会はゼロだ。中と外。どちらが生き延びる可能性が高いか迷ったが、捕まえて外に出した。

 それでも、触れると喜びがわいた。子どもの頃から憧れてやまなかった種に触れている。私は地方出身だが、カナヘビこそ多かったがニホントカゲに出会うことはなかったのだ。実はヤモリも東京に来て初めて生体に触れた。ヘビはよく捕まえて振り回してたんだけど。

 トカゲの扱いで最大の心配は、シッポの自切だ。次回の脱皮時に再生するとしてもそれはもともと備わっていた完全な尾ではないし、自切直後は出血もする。傷口は大きく痛々しいものだ。健康な時なら天敵になり得ないような生き物が肉を食む。それは避けなければならない。

 上体だけを持つように、でも指の力でお腹を圧迫しないように。「だめだめだめ動くな。待って待って待って」……疲れた。あっちが思っていたのはただひとつ、「殺される!」だけだっただろうし。

 ありがとな。大好きだったんだよ。いや分かるはずないよな。

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