見出し画像

【松浦本監督コラム】『眉村ちあきのすべて(仮)』 ~点と線、出演者徳永えりさんのこと~

 いきなりですが現在公開中の映画『眉村ちあきのすべて(仮)』の監督・脚本を務めました松浦本です。ここは若き映画プロデューサー上野遼平くんのnoteではありますが急遽お邪魔させていただきます。
 映画『眉村ちあきのすべて(仮)』は7月17日(金)より全国順次公開している最中。上野遼平君のご好意で「作品がいかにして作られたのか?」の連載を執筆していただいているのですが、当然フリーのプロデューサーはやたら忙しい。理想の連載ペースのスピードが落ちてきてしまう……との悲鳴が上がりまして、松浦がこちらに書かせていただく次第です。

 映画制作の舞台裏は引き続き上野遼平くんに書いていただくことにして、ここでは一つ、今回の映画を作るにあたり起きたほんの小さな出来事、奇跡でもなんでもなくいたって小さな、特別いい話というわけでもない、とはいえ誰かの何かのヒントなるかもしれない、ちょっとしたある事について書かせていただきます。
 点が線になることについての話です。

 この映画は弾き語りトラックメイカーアイドル、眉村ちあきのドキュメンタリーとして始まり、やがてジャンルをあちこち横断して「カテゴライズ不能」なカオスな展開になるという作品です。
 撮影にあたっては眉村ちあきを知る人々の他に『プロの俳優部』に出演していただくことが必要でした。その中で『眉村ちあきをよく知る人物』を演じてもらうためにキャスティングされた一人が女優の徳永えりさんです。少し分かりにくいですね。それどんな役?と思われた方は映画を観ていただいたり妄想してもらえればと思います。
 徳永えりさんは若い女優さんですが、キャリアは15年もある方です。この浮き沈みの激しい世界で15年も映画・ドラマと活躍されているのはもの凄いことなのですが、具体的に説明していくと長くなるので話を進めます。

 この冗談みたいな低予算、冗談みたいな脚本の映画に出演していただいた徳永えりさんにはひたすらありがとうございます、という気持ちなのですが、もう一つ自分の中である気持ちがありました。それは打ち合わせで「この役を徳永えりさんに出演依頼するのはどうですか?」とプロデューサーサイドから言われたときから生まれた、ある気持ちです。 
 
 時間はさかのぼり2005年のことです。この当時の自分は脚本家を目指すフリーターでした。というと貧乏ながら努力する青年というイメージを抱くかもしれませんが、実際には努力もろくにせず日々を過ごす映画好きといったところでした。それが一本の電話で、叩き起こされるようにある映画の脚本作りに参加します。李相日監督『フラガール』(2006)という映画です。
 「常磐ハワイアンセンター設立秘話」という企画が立ち上がり、内容の変更や脚本家の参加及び変更などを経て、監督が新たに脚本を書くという段階になるも中々進まなくなった、という日々映画業界で起きている一例です。李相日監督とは専門学校の友人であるため「やばい、進まない、助けて」という連絡でそのまま約1ヶ月、泊まり込みで脚本を一緒に書き上げることになったのでした。映画クレジットでは脚本協力となっています。
 『フラガール』は、炭鉱町の少女がフラダンサー募集の貼り紙を見つめるシーンから始まります。この少女を演じているのが徳永えりさんです。そして少女は友人を誘い、フラダンサー候補生となりレッスンに励むも、父親のリストラで夢を諦め、映画の途中で退場するという役です。この映画は大ヒットし、この年の映画賞を軒並み受賞しました。関わった人々の人生がわっと動いた祝祭感がありましたね。

 徳永えりさんの名前を聞いた時、グッとあの頃の自分に引き戻された気がしました。お会いしたことはないのですが本当になぜか。思春期の頃に聞いた曲をたまたま耳にすると、あの頃のことが思い浮かぶなんていうことがありますが、そういう感じでしょうか。おそらくあの頃、監督と夢中になって物語を書き起こした時間は自分の人生の中で深く『点』が打ち込まれた場所なんだろうなと思います。
 そして徳永えりさんとご挨拶して非常に短い撮影が始まるのですが、そこでこの話は出ません。呆れるほど少人数の撮影隊、通常では撮りきれない撮影スケジュール、そして本当に完成するのか分からないカオスな内容、俳優部の方々が参加する日は慌ただしく過ぎていくのみでした。一日が終わると上野遼平君が憔悴した顔で「なんとか撮り切れましたね」と言い、こちらも「なんとか撮り切れましたね」と答え、こんな慌ただしさ、それはイコール自分たちの気づかないところで沢山迷惑かけているはず、と青ざめるような。
 なので今に至るまで特に誰にも話しているわけでもないこの話なのですが、自分の中ではなにか大事なことのように思うところはあります。自分がなぜか映画を監督したということ、それが完成したということ、これは自分の人生で大きく打ち込まれた『点』です。
 映画を監督することを報告した時の、李相日監督の驚きの声と何か時間をかみしめるような間、そして徳永えりさんが出演したということ、あくまで自分の中だけですが『点』に『線』が引かれた気がしました。なにかをあきらめるということは全く悲観すべきことじゃないとは思っているんですが、続けていれば『線』が引かれることもあるのだなと。

 ちなみに『眉村ちあきのすべて(仮)』は編集段階でかなり行き詰まりました。脚本通りに撮ったけれども、コロコロとジャンルが変更する中盤以降の展開にどうしても作業の手が進まなくなってしまったのです。
 頭を抱えている時、徳永えりさんの眼差しの強さをベースに考えてみようと頭を切り替えました。「じっとなにかを見ている」「なにを?」「見ながらどう感じている?」と自分の中で答え合わせしながら編集していくと急に手が動き出しました。1カットの映像だけでは物語の進みが見えず、次のカットを挟み込むことで物語を進めていく。これは当たり前ですし、見ていてそれが強く意識されることではないのですが、この変な映画をつないでいく『線』として徳永えりさんを画面越しに頼ったのです。
 その時はわからなくても自分が動いていることが誰かの助けになる、影響を与えたり与えられたりすることはやはりあるのではないかと思います。この映画が誰かのなにかになることを思うのはおこがましいですが、でも、と思います。どこでなにがどうなるのかなんて誰もわからないし、沢山の誰かが参加しているわけですから。


「眉村ちあきのすべて(仮)」公式HP:mayusube.com

「眉村ちあきのすべて(仮)」Twitter:@mayumura_movie

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?