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幼稚園に来た「とりよせのおじさん」  奇人・珍人覚書-その1

今日は「とりよせのおじさん」が来ます!


朝のあいさつのあと、両端が吊り上がった赤いメガネにショートカットでパーマをかけた超ベテランの先生が、甲高い声で園児たちに言いました。
突然キッパリと、そして決意を表明するような厳しい顔で。

「とりよせのおじさん?」

東京の下町にあるM寺が経営するM幼稚園バラ組の園児たちは何の事かさっぱりわかりません。幼かった私はその「なんとかおじさん」が来るという先生の言葉をすっかりと忘れ、午前中はお昼ごはんの後にでてくるガラス瓶のヨーグルトの「紙のフタ」のことばかり考えていました。

なんだかんだでお昼ごはんを済ませてから、冬空でも日差しが温かい園庭にある大きな椎の木の下に全員が集合すると、その「おじさん」は裏門からフラフラとやってきました。

汚れたうす緑色のアーミーシャツに黒いズボン、よれよれのチューリップハットとまるで金田一耕助のようです。身長は160cmくらいで小柄、年齢は40歳くらいでしょうか、でも不精ヒゲのせいか老けてみえます。ウエーブがかかった白髪まじりの髪は肩まであり、まるで日々の暮らしに困窮した浮浪者のようにも見えますが、なぜか眼光は鋭く自信に満ちています。

キッパリと宣言したその赤メガネの先生は椎の木の近くで仁王立ち。園児たちは少し離れて「何が起こるんだろう?」とその浮浪者のような男を不安げに見つめています。

男は右手を高々と差し出し、ある物を見せました。

穴のあいた「五円玉」です。

ゆっくりとその五円玉を園児に確認させてから、親指と人差し指にはさみ、タバコを吸うように唇に当て息を吹き込み始めました。

「フューッ・・・ピーッ・・ヒュー・・」

何も起きません。

「フューッ・・・ピーッ・・ヒュー・・」

40人近くいる園児たちは何が起こっているのか理解できません。5分くらい経ってもなにも変化はありません。たて笛の穴を全部指で押さえて強く吹いたときに出る高周波の「指笛のような音」が園庭に響き渡ります。園児たちはその奇妙な光景に耐えるようにただ立っています。

「なんだよー・・なにやってんだよ?」

と子供達がつぶやき始めたその時、頭上に一羽のスズメが飛んできました。

「あっ、鳥?...鳥が来た~!?」
「スズメだよ、スズメ!」

あれよ、あれよというまに目の前にスズメがビュンビュン飛んできました。30秒くらいでしょうか、あっというまに椎の木はスズメだらけに。上空は鳥さんたちの空中運動会のようで黒い点でいっぱいなんです。100羽は来てるんじゃないでしょうか。こうなるともう訳がわかりません。先生たちも園児も急にこんな光景になったのでパニックになってきました。

「フューッ・・・ピーッ・・ヒュー・・」

「とりよせのおじさん」は吹きつづけます。鳥のさえずり、羽のバタバタで椎の木の枝は細かく揺れています。

涙目で見ていた隣の女の子が「あーっつ!」と叫びました・・カラスです。カラスが黒い羽を広げて飛んできました、一羽・・二羽・・。そうこうしているうちに園庭の空はスズメ、カラス、もず、よくわからない珍しい鳥達でいっぱいになってしまいました。

「開いた口が塞がらない」とはこの事です。男はまるで鳥たちの支配者のように椎の木の下で微笑みながら立っています。師走も近い冬の幼稚園で私が実際に体験した、今思い出しても非現実的な光景です。

その様子を確認した男は満足そうに五円玉を吹くのを止め、鳥たちは役目が終わったかのように空に向かって飛び立っていきました。

園児たちはいま目の前に起きた光景が白昼夢のようで信じられず茫然と立ち尽くすばかりです。そして男はキッパリと宣言した赤メガネ先生から白い封筒を受け取り、またフラフラと裏門から帰っていきました。

「とりよせのおじさん」

いったいあれは何だったんでしょうか?
今でもよくわからない奇妙で不思議な昭和30年代の出来事です。


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今西 遼平(Ryohei Imanishi)
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