見出し画像

辞められない理由

初めまして、水上凌駕です。

主に曲を作ってYouTubeにあげてます。
以前はnoteの記事も書いていたのですが、高い熱量と完成度を維持したままで頻繁に投稿することが僕には向いていなかったので、今後は想いが確固たるものになるまでは、書かないようにと思っています。

僕は”真面目過ぎる”とよく言われる。

10代の頃は、世の中の風潮と自身の価値観に大きな溝を感じて、苦しんでいた気がします。でも20歳を超えて、少しづつ”折り合いをつける”ということを覚え始め、それはある意味で”大人になった”と言えるのかもしれません。

小学生の頃から今日までずっと続いているのが、歌詞を書くことで、熱しづらく冷めやすい僕にとって、それは誇りだったりします。

書くという行為は、自分の真面目な側面と誠実に向き合うことだと思ってて、
世間は、”明るい方がいいから”と”内側にある暗い話”をする隙を与えてくれない。
そのくせに、”1人で悩むな”とか”何でも話せる人を作れ”と言ってくる。
個人の苦しみは、どんなに言葉を並べても輪郭が多少伝わる程度で、誰かに正しく届くとは思えない。だから当然のように自分との対話が増え、作詞だけが今日まで続いている現状があるんだと思います。

歌である必要はあるのか?

ここまで読んでそう感じた方もいるかと思います。
僕自身、歌にする意味はあるけど、歌である必要はないように感じています。

ただ、それに気づくまでの間に、音楽を言い訳にたくさんの人に迷惑をかけ、音楽に割いた時間で何人もを傷つけ、別れがありました。
だから辞めてしまうとその人達に顔向け出来ない気がするし、これまでのすべてが無駄になった気がしてしまうんです。

僕が想う人達が僕を忘れていれば、これはエゴでしかないです。
それでも自分の存在を肯定できない僕は、後ろめたい出来事から目を背けて生きることは出来ないし、抜け殻のまま人生を閉じる未来も望んでないので、引き返すことも離脱することも出来ないんです。

ただ続けてるだけは、それこそエゴ

なので目標を立て、それを掲げることで前進しようとして来ました。
見たくないものから目を逸らして生きている人が多い気がしていて、だからこそ表面的な明るさで覆われた生きづらい世界になってると思うんです。

じゃあ僕に出来ることは?と考えている中で、そんな人間じゃないよなというとこに行き着きました。

顔向け出来ないから辞められないを裏返すと、それがなければ辞めることは容易いということ。僕にとっての幸せは”家族”で、結婚して子供が出来てというありきたりなものです。それだけあれば十分に自分を満たすことができる。なのに世界をどうしたいとか身の丈に合わない目標は、少し違うのかなと思いました。

どうしたら顔向けできる生き方なのか?

不特定多数からの賞賛や承認を求めていなくて、極論、僕の後悔や謝罪の対象からの言葉や想いだけを僕は欲しがっている。

ならまず必要なのは、自分の歌を生業にすること

それができるようになると僕個人の目標である、自分の言葉を生業にすることにも繋がっていくはず。そしてその言葉が積み重なれば、僕が死んだ後でも意志や思想は残りやがて表面的な世界は終わり、生きやすい世界になっていると思うんです。

世界を変えるには時間がかかるから、1人では出来ないから。
僕はこの人生で、過ぎた人達に顔向けできない生き方をしないこと素敵な家庭を築くこと、何百年先でも愛される曲を作ることだけを考えて生きようと思います。

それが世界を変える種蒔きであると僕は思うから。

この記事が参加している募集

この記事が気に入ったら、サポートをしてみませんか?気軽にクリエイターを支援できます。

note.user.nickname || note.user.urlname

最後まで目を通して頂きありがとうございます! 投稿は毎回不安で、”スキ”があると自信になります。

ありがとうございます!他の記事もよかったら。
24
コメントを投稿するには、 ログイン または 会員登録 をする必要があります。