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短編*1『ぷちん』

<<ぷちん>>
深夜三時、真っ暗な部屋で私の消息は忽然と絶たれた。

**
今日の午後三時、私が行方不明になった事がわかった。
事件の関係者は三人。
父、母、娘だ。
私が消えた事について、三人は次のように話した。


「最後に見たのは昨日の夜だったよ。
 僕が帰って日課の晩酌をしようとビールを取り出した時、ふと気がついたんだ。
 とても悲しいよ。信じられないくらいの喪失感だ」

「お父さんはいつも日課をこなす間はぼんやりしてるから、時間は当てにならないと思うの。
 私はもちろん忘れてなんていなかったわ。
 どうしてこんな事になったんだろう。正直まだ受け止められないの」

「あたしはちゃんといつも気にしてたよ。
 だって大好きなんだもの。でもあたし達三人とも大好きだよ。
 朝起きたらもう見つからないことがわかっちゃって、びっくりした。
 すごくかなしい。ぜったい三人の中にどうして消えたのか知ってる人がいるよ」

私はいつもこの家の中では、箱の中にいる。
外の世界では生きていけないから、母が箱に入れてくれたのだ。
箱の中は居心地が良かった。
外のことを知る機会はほとんどない。

時々、眩しい光とともに夥しいほどの情報が入ってくる。
箱の中は普段は真っ暗だけど、慣れたから支障はない。
私がどこにいるのか、誰といるのか、時間の経過も母の顔も、全て光の一瞬だけ把握できる。
光は長くは見られない。
あまり長すぎると私の後ろからけたたましい電子音が鳴り響き、母はちょっと嫌な顔をする。

私は私がいなくなるずっと前から、私がいつかこの箱を出て外の世界で消えてしまうことを知っていた。
私だって最初から箱の中で暮らしていた訳ではない。
いつかは外の世界へ出ていかなければならない。

三人は私への感情について、以下のように話した。


「大好きなんだ。この歳になってはっきり大好きなんて言うのはちょっと気恥ずかしいけど、ずっと好きだから。
 ちっちゃい頃から変わらない、ずっと好きだよ」

「私は別に好きじゃなかったわ。
 でも無性に今の私に必要な存在だ、ってそう思う時があるの。眠れない夜なんか特に、よく考えてた。
 だから悲しいのは私も同じよ」

「あたしは一番好き。
 嬉しい時も悲しい時もぜったい欠かせなかった。
 誰かに取られたくないから、学校みたいに名前を書きたいなってずっと思ってたよ」

私はそろそろ完全に消えてしまいそうだ。
安全な箱詰めから取り出されれば、私の寿命はもうわずか。
捨てられるんじゃなくて、最後にちゃんと役目を果たせてよかった。
三人とも私を大事にしてくれているのがよく分かっていたから、正直私は後悔していない。
誰に取り出され、誰の元で消えたかなんて、私にとっては些細な問題なのだ。
こんなふうに消えてからも気にかけてもらえるなら、願わくば来世も私に生まれたいものだ。

三人は私がすっかり消えた頃、以下のように話した。

父「母さんが犯人だろ」
娘「あたしもそう思う」
母「そんな、何の証拠があって」
娘「母さんがよく夜中にこそこそ冷蔵庫開けてるの、あたし知ってる」
父「そうだぞ、父さんも見た」
母「バレてしまっては仕方ない……夜中って何でか糖分が欲しくなるのよね」
娘「ひどいよ、あたしにはダメって言ったのにー」
父「父さんも食べたかった……ぷちんてするプリン」
母「買いに行けばいいじゃなーい、次は三個パックにしましょ」
父「それなら絶対間違いが起きなくて安心だな」
娘「犯人探しでつかれたし、今から買いに行こうよ」
母「しょうがないわね、まあ私も好きよ、ぷちんてするプリン」

**
今日の三時頃、私はぷちん、と消息を絶った。
プリン好きの家族は犯人探しを終え、仲良く新しいプリンを買いに行った。
折角だから取っといてあとで食べる、と言った父のプリンがいつのまにか冷蔵庫から消え、
次の家族会議が開かれるのは別の話。


『ぷちん』完

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