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デ・ワッフェルファブリーク  4

 オーブンは焼き、ベルトは回り、切断機は切断する。半時間ごとにブザーが鳴ると、女たちは、場所をずらして新しい作業に移る。交代制はかなり昔から導入されている。半時間も経つと、多くの女たちは変化を望むようになっているから、ずらし合っての交代を嫌がる者などはいない。ベルトの上で身を屈めていることだってきつい仕事なのだ。工場には、全部で四つの生産ベルトがある。1番ベルトから4番ベルト。この上をワッフル達が踊りながら次々と通り過ぎる。正しくは、ワッフルは真っ直ぐに位置していなければならない。だが正社員たちは、焼きミスが酷過ぎるワッフルを釣り上げる以外は、そのままに流した方が良いことをわかっている。そして、温かいそんなワッフルを時々口にほおばる。余計なことをしなければ、大概は上手く進んで、ベルトが止まることはない。
 スペースが足りないから、足をずっと窄めて、楽でない姿勢で座ってなければならないというのに、ある時ベルトの真横で眠りに落ちてしまった者がいた。あるマケドニア人がある日、椅子ごとでんぐり返って、頭に穴を作って、それから彼女の短期契約は延長されなかった。女たちはその時のことを今でも話す。社長はたまに、両手をきちんと消毒しないまま、ベルトの横に来た者を、追い出すことがある。消毒は朝、作業フロアに入る時にすることになっているし、ベルトの横に来る時には、さらに毎回行う。ほとんどみんな、このルールのことを忘れるし、アルコールの匂いがきついから、やらずに済ませることがある。消毒液は、紙箱を折る時に手についてしまう小さな傷を、チクチク刺す。
 その程度の怠慢では、正社員たちは実際にクビになることはないが、新人ならそうなってしまうリスクはある。社長は気まぐれで、その気まぐれは、臨時で入る者に当たりやすい。社長自身も手の消毒を忘れることなどよくあるのだけれど、それについては、誰も何も言わない。
 
 オーブンから出てきたばかりのワッフルが最も美味しい。まだ湯気が出ていて、しっとりしているのに歯ごたえがある。生地は口蓋に張り付いて歯の間に入り込む。ベルトの上に身を屈めて座っている女たちは、温かい塊をほおばって、何も考えずに咀嚼し続ける。そうやって彼女たちの歯は、何時間も、何日も、何週間も、そして何年も挽き続けられる。
 もし多すぎる量のワッフルの色が、薄過ぎたり、濃過ぎたりしたら、オーブンを止めなければならない。それは誰にとっても嬉ばしくはないことだけれど、社長にとっては特に望ましくない。何百か、ことによったら何千のワッフルを捨てねばならない事態の方が、生産ラインが止まるよりもまだましなのだ。それでもとにかく、ことが起こると、作業フロアは一瞬、シーンとなる。機械が静まり、女たちはお喋りを止める。その間を社長が歩く。初めはムスッと黙って歩いているが、やがて皆にあれこれ文句を言い出す。
 社長のとばっちりから安全なのはマチルダだけだ。6歳のお人形さんのような娘を持つシングルマザー。彼女は毎朝きちんとメークをして仕事場に現れる。さくらんぼ色の口紅に、濃いシャドーが入っている。彼女の傍らで話しをする時、社長の声は1オクターブ高くなる。女たちは、そのことに関しては、社長には文句を言わず、マチルダに文句を言うが、マチルダはそんなことは全く気にかけず、白いシャツの胸元のボタンはいつも開いている。
 事務所に頻繁に呼ばれるのもマチルダだ。そういう時、彼女はササッとマスカラとリップを直す。社長との密会の疑いは噂されているのだけど、それはすぐに、ディッケ・ヘルダの収監中の元彼のことや、不法滞在になってる中国人の短期雇いの子の話題へと移る。
 最も好まれているゴシップは、社長の奥様のことだ。彼女は時々工場にやって来る。ミニクーパーに乗って来て、並んだ枠の中にではなく、駐車場のど真ん中にでーんと駐車すると、シャーンは、「女王様だとでも思っているのかしら?」とため息をつく。いなくなっても随分ずっと残る甘い香水の匂いを振りまいて、工場の廊下をタカタカ歩き回る時にもため息が出る。誰も奥さんに、社長とマチルダのことを漏らしてしまおうとはしなかった。社長のほうがまだ、みんなの一員であるのだ。その重要な立場にあっても、みんなの一員なのである。みんなとにかく毎日上手くやっていかなくてはならない。女同士で諍いが起こって、ワッフルが飛び交う事態になったら、
 「みんな、落ち着きなさいよ。私たちは家族でしょ?」とディッケ・ヘルダが声を上げる。この何年でいったい何回そう言っただろう。とはいっても、そういう事態になったら、彼女たちの繋がりの方が、他の人たちとの繋がりよりも、より大事なものだってことを、わからせるだけで済んだ。


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