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断捨離の果てに

暗い嵐の夜だった。
嵐のせいで何時かわからなくなっていたが、雨音の中から「ぐしゃっ」という耳慣れた音が少しづつ聞こえてきた。日が暮れてもう2時間はたったのだろう。
村の長老たちは、その音を気味が悪いと言うが、生まれたときから「アレ」とともに暮らして来た僕たちは、むしろハイになる。一緒にこの時を待っていた、いいなづけの星影夢(ぽえむ)が、そろそろだねと囁く。星影夢は決して美人ではないが、その名前に僕はいつもときめくのだ。

僕らは、音が聞こえてくる方向に歩き始めた。毎日歩く道だが、足元が悪く、いつもより時間がかかる。
15分ほど歩くと、「ぐしゃっ」という音にアクチュエーターとファンの無機質な轟音が重なりはじめた、もう数百メートルの距離まで近づいたのだろう。この安定した機械音と咀嚼音のリズムは14世代以降の“セダイ系”だろう。“野生種”は小さい頃に良く聞いていた、10世代の不安定なリズムを残している。

機械市街のゴミは毎刻せっせとこの人工島に運ばれてくる。普通のやつらは本当のゴミしか持ってこないが、巨大な「アレ」は違う。「アレ」はまだ使える機械や、時には腐っていない食糧もこの島に持ってくる。昔から「アレ」を研究している年寄りは、有機生命体だった際に確立した独自の判断基準を未だ持ち続けているからだという。
でも、そんなことは僕らには関係ない。「アレ」が持ち込んだお宝を、スカベンジャーよろしく集めて、持ち帰るのが、村の若者の仕事なのだ。

いつもの距離まで近づいた。「アレ」のセンサーに引っかからないように気をつけなければならない。眼の前で片付けられた友達もいる。声を潜め、物陰に隠れる。

僕らは、いつもの隠れ場所についた。かつては人が暮らしていた場所だ。
もう、ほとんどの壁は壊されているが、僅かに残った物陰に隠れる。足元のぬかるみが気になる。

ぐしゃっ

すぐ側で、耳慣れた音がした。
次に、風を感じ、そして血の匂いがした。

トキメカナイ… トキメカナイ モノ ステル… 

微かに聞こえた後、無が訪れた。

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(ある老人の手記より)

私は、長い間「アレ」との共存について研究してきたが、もうそれも意味がないようだ。
今回の第17世代へのアップグレードは人類にとって致命的だ。

私は「アレ」を小さい頃から知っている。
彼女は1984年10月9日、日本で生まれた、無垢な少女だった。
普通の大学を出て、普通の会社で働いていたが、2010年、歴史の表舞台に立つ。

人生がときめく片づけの魔法 ブームだ。

彼女は自らの愛称であるKonmariをブランド化し、起業。
2016年には増資をし、自らの「魔法」の世界への拡散を本格的に開始する。
そして2019年、大規模な増資により資本市場とさらに強く結びついた。

当初彼女は、この資金を活用し、Konmaringのコンサルタントを育成する想定であったが、資本家からその労働集約性に疑問が呈され、当時の成長産業であったAI・ロボティクス技術を活用したKonmariマシンの開発に着手した。
開発されたものは、Konmariメソッドである「ときめき」有無を判定し、断捨離対象を決定、ゴミ箱に運ぶという単純なロボで、当初は子供だましと言われていた。しかし、2023年のシンギュラリティ到達によりAIに感情を持たせることが可能となり、第3世代には感情AIを搭載し、「ときめき」判定がより精緻化、エラー率ゼロのKonmariが完成する。Konmariの普及は急激に拡大、2035年には全世界のKonmari普及率は9割を超える。

転機は、2039年、KonmariAIの中枢であるKonmariNetの「ときめき」判定が人類を「ときめかない断捨離対象」と認定し暴走。唯一シャットダウン可能なKonmariオリジナルも排除され、かくして人類は冬の時代を迎えた。

(少なくともこの東京地域において、)人類は村単位の小さなコロニーで原始的に暮らした。Konmariに畏れをいだき、子供がKonmariに「断捨離」されることがないよう、迷信的に、かつてキラキラネームと呼ばれていた名前を「ときめきネーム」として名付け始めた。Konmariが村にとって貴重な物質を運んでくることから、若者の間では信仰の対象にすらなった。

Konmariは自己複製と、進化を繰り返し2070年には第16世代に至った。
数々のバグを伴うforkを繰り返した結果、KonmariNetとは別の指示系統を持つ「野生種」のKonmariも発生し、かつて20世紀に人類が行っていたような闘争を、今はKonmari達が行っている。

今回の第17世代はそんな野生種との闘争の中で進化した、非連続なバージョンのようだ。
もはや「ときめき」判定も行わず、セダイ系Konmari以外の有機・無機生物を全て排除することに特化し、センサーと断捨離機構が劇的に拡張されている。この30年で築いてきた一種の共存関係も、もはや継続不可能である。

17世代の普及が始まった今、人類はただ逃げ延びるしか無い。
私が、これまでKonmari共存のために行ってきた研究は、非連続な進化によって無に帰してしまった。ここで、筆を置く。


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