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初めてロシアの空港で拘束された、とある秋の日の話

2019年11月 ロシア・ユジノサハリンスク

11月の三連休。土日で北海道での仕事を終えた僕は、まだ休みが1日あったので、札幌・新千歳空港から気軽に行ける海外、ロシア・ユジノサハリンスクへ行くことにしました。


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ユジノサハリンスクがある南樺太は、1905年から1945年まで日本が統治していた土地。ですが、今のユジノサハリンスクに、日本統治時代の面影はほとんどありません。

敗戦から4年後の1949年末には日本人の引き揚げがほぼ完了した街。当然ながら、キリル文字の表記しか見られないし、住んでいる人もロシア人だらけです。

しかし、かつて樺太庁博物館だったサハリン州立郷土博物館、その入口にある樺太護国神社にあった狛犬、かつて北海道拓殖銀行 豊原支店だったサハリン州立美術館、日本が軍用で敷設し、その後国鉄としても営業していた鉄道、鳥居も参道もありませんが、宝物殿風建物だけが取り残された樺太神社……わずかながら、「確かに、ここに日本があったのだ」と、感じさせられるものがありました。同時に、戦争によって、ここが日本ではなくなったということも。

(ちなみに、2017年からユジノサハリンスクを含む極東ロシアへは、無料の電子ビザで行けるようになりました。インターネット経由で4日で申請が完了します。小さな田舎町ではありますが、南国リゾートや大都市の街歩きとは、またちょっと違った海外旅行体験ができる場所なので、電子ビザをさくっと申請して、ふらっと旅行に行くのがおすすめです)

▼サハリン州立郷土博物館

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そんなことを感じながら、僕は帰路につきました。

そこで、大事件が起きたのです……。

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ユジノサハリンスクから東京へ戻るためのルートはいくつかあります。直行便もありましたが、予約が取れなかったので、同じロシアのウラジオストクを経由して成田空港へ行くことにしました。

ユジノサハリンスクから国内線でウラジオストクへ向かうのは、約1時間半のフライト。

離陸したと思ったら、あっという間にウラジオストクの空港に到着です。そのまま、乗り継ぎゲートへ向かい、あとは手荷物検査を終えたら、出国審査……のはずが、

ここで、事件が起こります。

▼乗り継ぎ(Transfer)ゲートへ

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出国審査官は、優しそうなロシア人女性。しかし、最初は笑顔だった彼女の顔が、僕のパスポートと電子ビザの書類を見てから、どんどん曇っていきます。

そして、どこかに電話をかけ始めました。

ロシア語なので、もちろん聞き取ることはできません。

電話を終えると、

「Wait a moment.」

とだけ伝えてきました。何かトラブルでも発生したのでしょうか。心当たりは、全くありません。すると、3分ほど経ったところで、電話のベルがなりました。

再び、ロシア語で話し続ける彼女。その顔が、さらに険しくなっていくのが見て取れました。

2度目の電話を終えると、

「Wait a moment.」

またしても、その場で待てという指示。僕のパスポートは彼女の手元にあり、理由を尋ねても、「Wait a moment.」としか言われません。とにかく待つことに。

すると、彼女の顔が一瞬綻びました。「お、ついに帰れるのか!」と思いきや、どこからか、屈強なロシア人男性が現れたのです。

身長190cmはあろう巨体は、おそらくムキムキ。出国審査官と同じ制服を着ていますが、場違いな程に屈強という言葉が相応しすぎるコワモテのロシア人男性。

出国審査官の女性と屈強な男性が何かを会話しています。1分もしないうちに、会話は終了。

すると、屈強な男性が、僕にロシア語で何かを話した後、「ついてこい」という手招きのジェスチャーをしてきました。そして彼が向かおうとしている方向は、今から僕が向かうはずだった搭乗口とは、真逆の方向。

「ま、まさか、拘束されたのか……!?」

しかし、今さら逃げ出すことはできません。僕のパスポートは、しっかりと彼の手に握られています。大人しく、彼のあとについていくことにしました。

彼は、どんどん進んでいきます。先ほど歩いてきた道を戻り、さらに進んで、荷物が出てくるターンテーブルのエリアへ。

「XXXXXXXX」

荷物の方を指差しながら、彼は何かを言っています。

おそらく、「荷物はないか?」的なことだと察し、「ノーバゲージ」と伝えると、また、さらに先へと進んでいきます。

そのあと向かったのは、空港職員専用と書かれた扉。旅行者は入れない通路へ。

「あ、これは完全に終わった……」

窓もなく、少し薄暗い通路。何人かの職員とすれ違いました。手荷物検査の機械なども置かれています。

その20mほど先には、また扉が待っていました。天国への扉か、それとも地獄への扉か。その扉を開けると……

人で溢れかえる、空港のチェックインカウンターがあるエリアに連れ出されました。外から空港に来たときに、最初に入るエリアです。

屈強なロシア人男性はそこで立ち止まり、僕の方を振り返ると、大きな声で、かつ、すごい勢いで僕に何かを言い放ってきました。

「XXXXXXXX」

もちろん、ロシア語なので、なんと言っているかはさっぱりわかりません。困った顔をしてみましたが、彼はまったくそんなことをお構いなく、言葉を発し続けます。

何がなんだかさっぱりわからない上に、ウラジオストクから東京行きの飛行機の出発時刻も迫ってきています。そこで僕は勇気を出して、彼に言いました。

「プリーズ、イングリッシュ」

すると、屈強なロシア人の口から出てきた言葉は、

「ノーーー、イングリッシュ!」

それだけ。

それだけ言い放たれると、また僕に背を向け、歩き出します。もうついてこいとも言ってきませんが、ついていくしかありません。

すると、インフォメーションカウンターで立ち止まり、インフォメーションカウンターのお姉さんに何かをロシア語で伝えています。その会話が終わると、僕の方を見ることなく、彼はこの場を去り、職員専用の通路へと消えて行きました。

今何が起こっているのか、さっぱりわかっていない僕。しかし、飛行機の時間だけは刻一刻と迫ってきます。

そんな僕に、インフォメーションカウンターの女性が声をかけてきました。そして、状況を説明してくれました。

聞くところによると、僕が持っている電子ビザが問題になっていて、ウラジオストクから日本へは帰れないとのこと。

そもそも電子ビザは州ごとの申請が必要で、僕が今回申請した電子ビザはサハリン州への渡航限定のビザ。それは僕も理解していたのですが、電子ビザでの渡航者は、たとえ乗り継ぎのためだとしても、申請した州以外の都市の空港を利用することは完全にNGだったのです。そのため、僕は一度ユジノサハリンスクに戻り、そこから帰国するしかないとのこと。今は、ビザがない状態での渡航になるので、空港から一切出られない、ということも教えてくれました。

完全に詰みました。

まさか、ロシア・ウラジオストクで、空港の中に閉じ込められることになるとは……。

▼とりあえず腰掛けたベンチ

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さらに、不運は続きます。

空港内は無料Wi-Fiが使えたので、すぐに格安航空券検索サイトでウラジオストク発ユジノサハリンスク行きの飛行機を検索。しかし、ちょうど30分前に離陸したユジノサハリンスク行きの飛行機が、今日の最終便。(まだ13時前なのに!)最速でも翌朝7時発の飛行機。

30時間近く空港で過ごさないといけないことが確定しました。

しかし、僕に選択肢は残されていません。翌朝7時発のウラジオストクからユジノサハリンスクへの飛行機、そしてそのあとのユジノサハリンスクから札幌・新千歳への飛行機、さらに新千歳から東京・羽田への飛行機をまとめて手配。総額6万円の追加出費。痛すぎますが、背に腹は変えられません。即決で購入。

新しく手配した飛行機に無事乗ることができれば、日本に帰ることができます。しかし、途中の搭乗手続きなどで止められてしまったら……僕は一生日本に帰れないかもしれません。一瞬、そんな最悪のパターンが頭の片隅をよぎりましたが、今考えたところで、その結論は神様しかわかりません。

とりあえず僕はベンチに座り、大きく深呼吸をしました。

「ぐぅ〜」

こういうときでも、やはり体は正直です。朝から何も食べていなかった僕は、空腹だったことに気がつき、空港のレストランでランチ。ランチをしたあと、空港を散策してみることにしました。最悪の場合、僕はこの空港で一生を終えることにもなるわけなので。

レストラン、お土産物屋さん、コンビニ、カフェ……一通りの設備があることがわかり、安心しました。ATMがあるので現金も引き出せます。

さらに、一番端にたどり着いたところで、神様が僕のことをまだ見捨てていなかったことに気がつきました。

なんと、空港内にホテルがあったのです。エレベーターで1階から3階へ移動。漫画喫茶のようなパーテンションで仕切られたスペースに、ベッドだけが完備されている簡易宿泊施設ですが、それぞれのスペースの扉は鍵をかけることができ、共用ですがトイレとシャワーもあります。

空港のベンチで一生を終える可能性があることを想定していた僕にとっては、天国のような場所。隣のスペースから聞こえる、スマホのゲーム音や大きなイビキも、今の僕には全く気になりません。

そこで、なんとか一夜を過ごし、翌朝のフライトを迎えることができました。

▼夜のウラジオストクの空港

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ユジノサハリンスク行きの飛行機のチェックインは、問題なく完了。さらに、手荷物検査も難なく通過。驚くほど、スムーズに搭乗口までたどり着くことができたのです。

そして、ウラジオストクからユジノサハリンスクへ。ユジノサハリンスクに着いたら、一度空港を出て、国際線のチェックインカウンターへ。

国際線のチェックインカウンターも、何も起きることなく普通に通過。そして、最大の関門と思っていた、ロシアの出国審査も、質問すら一つもされることなく、通過。そして、僕は無事、日本に帰ることができたのでした。

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これまでの旅の中でも、一番不安を感じた旅。

正直、ユジノサハリンスクの空港の国内線搭乗時にビザを確認してくれれば、そこでなんとかなったのに……と思う気持ちもありましたが、そこでのチェックは行われてないのが実情です。つまり、おそらく僕のようなビザトラブルは恒常的に起っているのだと思います。

今後、僕と同じようなトラブルに遭う方が出てこないように、僕の体験をここに記しておきます。


最後に、ロシアへ電子ビザでの渡航を検討されている方への、僕からの伝言です。

「入国した空港と同じ空港から出国すること」

これだけ覚えておけば、怖いものはありません。

▼成田からも2時間ちょっとで行ける、ユジノサハリンスク。こんな非日常が待っているのでオススメですが、くれぐれもビザだけはお気を付けください。

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こんにちは、リーマントラベラーの東松です。サポートいただいたお気持ちは、次の旅行の費用にさせていただきます。現地での新しい発見を、また皆様にお届けできればなぁと思っております!