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インドはリベンジしたい国【4】

インドはまた絶対行きたい国か絶対行きたくない国かに二分される、と聞くことがあるが、私の場合、リベンジする国、に認定された。

前回までの話はこちら【1】【2】【3】

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デリーに来たのは、そこからタージマハルがあるアグラへ行くためだった。

街の、今考えるとちょっと怪しい小さな旅行会社で日帰りツアーを予約した。アグラまでは3、4時間らしい。

翌朝6時に迎えに来るとのことで、5時半には起きなきゃね!と友人と言いつつ、見事に寝坊。ホテルのフロントからの電話で目が覚めることに。

寝坊した罪悪感から疑問を持たなかったけれど、バスを待つ場所に連れてこられてから、私たちのバスが来るまでなぜか1時間半デリーの道端で待機。

その間交通事情を観察したのだけれど、どうやら歩行者は命をかけて車道を横断しなければ行けない模様。車、オートリキシャは、他のどこの国で見た乗り物よりもスピードを緩めず無慈悲で直進して来る。

ようやくバスが来て、同じツアーに参加する人々が一斉にバスに駆け寄る。何が起きているのかわからなかった私たちはのんびりバスに乗車すると、どうやら座席が早い者勝ちだったことを知る。

私たちに残されていた席は一番後ろ、まさかのダブルブッキングで5人席に大人6人と1歳の赤ちゃん。この赤ちゃん連れのカップル(すごくいい人たちだった)が途中下車するまで、ぎゅうぎゅうでここに座ることになった。

3、4時間と聞いていたので7時半にデリーを出たら10時半か11時半に着くはず、だったのだが、最初の目的地に着いたのは14時半。

いや、きっと混んでたからだ…ということにして、タージマハルが目的だった私たちは、入場料を節約するためそれ以外の観光地には行かず、他のツアー客が帰って来るのをバス周辺で待ち、来たるタージマハルに備えた。

しかしながら天は味方してくれず、途中で雨が降り出す。最初は小雨だったものの、だんだんと時間とともに雨脚が強くなり、タージマハルに着く頃にはどしゃ降り。雨具はなくずぶ濡れになりながら、傘を高値で売りつけようとする客引きを振り払いながら、念願のタージマハルの入り口へ。

そうして初めて対面したタージマハルは、雨のせいで見事にもやがかかっていた。世界史の教科書の写真にあった、テレビで見た、あの理想の姿とは程遠く。

せっかくなので中にも入ってみることにしたのだけれど、我先にと押し合う無数の人々、写真撮影禁止にも関わらず飛び交うフラッシュ、文字通りのカオスで、何がなんだかわからないまま、人々の群れに押し流されて再び外へ。

天候に、この状況に、想定と自分のキャパを飛び越えていくいろんなインドに来てからの出来事に、一気にどっと疲れて「このままバタッとここで倒れて目が覚めたら日本がいい…」なんて思いながら、灰色に包まれた天を仰いだ。

もちろんそんな現実逃避が叶うわけもなく、バスで帰路へと着く。旅行会社のおじさんは24時半にはデリーに着くと言っていた。

が、そんなはずはなく、猛スピードで傾いたり跳ねたりするバスに揺られて、途中、「デリーじゃないところに連れて行かれるんじゃ…?」と怯えながら、ようやくデリーに到着したのは夜中の2時半。

なんだか色々と、もう、ねぇ…?

と、友人と顔を見合わせるしかなかった。

***

こうしてすごい密度で記憶に残る出来事が過ぎていったけど、インドいたのはたったの1週間足らず。その間に完全にインドという国に圧倒されてしまった。

気持ちとしては、なんだかすごく、負けた気分。そのころのわたしには、悔しいことになんのこれしき、とトラブルを楽しむ余裕が備わっていなかった。

だから、インドはもう一度リベンジしたい国。

次こそは、エンドレスにふりかかってくる予想外の出来事も、心の余裕があればもっと美しいであろう景色も、全部ひっくるめて楽しかったと言える思い出にしたいから。

ー終

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オランダ在住。留学、海外、ヨーロッパ、日々のことなんかをつらつらと。今までやってきたこと、考えてきたこと、見てきたこと、感じてきたことのアウトプットです。とにかく魚が恋しい日々。
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