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波紋

ぽっかり時間ができたので、久しぶりに録画していたものでも見ようと思った。

ベニシアさんの映画を録画していたものを再生した。ベニシアさんは、京都の古民家で暮らしていた人だ。以前、テレビ番組で暮らしぶりが紹介されていて、よく見ていた。

映画を見ていると、ただ好きなものに囲まれて暮らしていたわけではないことが分かってきた。「いつ頃のことなんだろう」と思ってスマートフォンで検索したら、ベニシアさんがつい先日亡くなられたことを知った。

「あぁ、もういないのか…」と思うと、ベニシアさんの言葉がより近くまで迫ってきた。

京都でのベニシアさんの暮らしは、自然や植物や、古くてもしっかりと手入れをされたものに囲まれていた。手仕事が多く、ご近所さんとも交流していた。「そんな暮らしって、いいなぁ」と思いつつ、現実に忙殺されていた私は、憧れはしても、ベニシアさんの言葉は遠くの方で感じていたのかもしれない。

けれど数年経って、今日、私はベニシアさんをすごく身近に感じられた。憧れの対象ではなく、私とすごく似たところのある人に感じられた。そして、ひとつひとつの言葉がすっと入ってきた。

人は命に限りがあるから、生きている人はそのうちいなくなってしまう。現実にはいなくなるけれど、存在していたことはなくならない。

水面に雫を落とすと波紋が広がるように、どこにも影響を与えない存在はいない。そして、緩やかに波紋は消えていくのだろう。けれど、影響を受けた存在がまた波紋を広げてゆく。そう考えると「いなくなるわけではないのかもな」とも思う。

そんなことを思いながら、最後まで映画を見た。昔の番組も、また時々見ようと思う。