赤鬼の唄

赤鬼の唄④/6

斜礼(しゃれ)の港

 ポールと一緒に先輩を見送り、そのまま散歩に出た。
「今日から三日間、よろしくな」
「バウッ」
 きっとお決まりのコースがあるのだろう。
 僕を引っ張るようにぐいぐいと歩いていく。これじゃ、こっちが散歩させられているかのようだ。
 門を出て、右手に白塗りの塀を見ながら進む。角を右に曲がるとその先の通りまでさらに塀が続いていた。
「どんだけ広いんだよ。お前のご主人さまはすごいなぁ」
 頂部に瓦を乗せた武家屋敷のような塀と、西洋レンガを思わせる遊歩道がまっすぐと伸びているさまは意外と絵になる。
 一度止まってポールを座らせ、スマホで撮ってみた。我ながら、映(バ)える写真だ。
 満足して散歩を続け、お屋敷へ戻ったころには小一時間を過ぎていた。
 城之内さんに聞いていた通り、お屋敷の西側へ廻ると裏口があった。その脇には洗い場もある。
 ポールの足を濡らしたタオルで拭き、中へと上がった。

 まだ間取りを覚えていないのでポールの後をついて行くと居間に直江さんが座っていた。
「ただいま戻りました」
「ごくろうさまでした。ポールはいい子にしていました?」
 そう声を掛けてくれるご主人さまの足元へ行き、うずくまっている。
「とても利口な子ですね。散歩コースも彼に教えてもらいました」
「そうですか。よかったわね、褒めてもらえたわよ」
 頭をなでられてポールもうれしそうに目を細めた。
 勧められて、僕も椅子に座る。
「とても立派なお屋敷ですね。来るときに通って来た公園も敷地の一部なのですか」
「町に寄付しようとしたのですけれど、維持管理の費用もかかるということで我が家で管理させて頂いているんです」
 どんだけすごいんだ。普通、逆じゃないのか。個人で手に負えないから市や町が管理する話なら聞いたことがあるけれど。
「あのぉ……失礼ですけれど、直江さまは何をされているんですか」

 直江家はこのあたり一帯を治めていた豪族で、百済(くだら)との交易も斜礼(しゃれ)の港を使って直江家が始めたそうだ。
 戦国時代には小さいながらも大名となり、当時の城がこのお屋敷辺りにあったらしい。関ヶ原の戦いの折にも、西方にありながら当主の決断で西軍には参加せず、そのためお取りつぶしを免れて藩体制になってからもその重職を代々担ってきた。
 その後、明治に入って貿易会社を興して今に至る、という話を聞かせて頂いた。
 直江家がなかったら、百済菜市という名前もなかったかもしれない。
「それでお姫様だったのか」
「何です? お姫様って」
 思わず独り言ちたのを直江さんは聞き逃さなかった。

「実は先輩のおじい様が『お姫様に失礼がないように』って言っていたそうで」
「いやだわ、善之助さんたら。ご覧の通り、家は広くてもお姫様あつかいされたことなんてありませんでしたよ。祖母の頃は厳しかったと聞いていますけれど」
「例の『赤鬼の唄』を作ったおばあ様ですか?』

 すっかり謎解きのことを忘れていた。
 先輩は既に解けたみたいだけれど、いったい何を調べたいのだろう。

「祖母は明治生まれですが祖母の両親は武家育ちですからね。明治になり商売を始めたとは言え、しつけは厳しかったそうです。よく話していました」
「これほど立派な家柄だと、きっと大変だったんでしょうねぇ」
「祖母も動物が好きで、犬を飼いたいと言ったら叱られたそうで。そんなことをする暇があったら茶道や華道をたしなみなさいと」
「あぁ。なんか目に浮かぶなぁ」
「でもね、祖母の凄いところは両親に内緒でこっそり犬を飼ったらしいんですよ」
「え、こっそり――ですか?」
 ポールも話が分かっているのか、興味深いとでも言いたげに顔を上げた。
「住み込みの奉公人に頼んで、今は公園になっているところへ秘密の犬小屋を作ってもらったんですって。当時は雑木林もあったらしく、両親にも見つからなかったそうよ」
「行動力がありますね」
「この話をするときは、いつも楽しそうに聞かせてくれました」
「代々犬好きの優しいご主人さまに飼ってもらえて、幸せだなお前は」
「バウッ」
 絶妙なタイミングで一声吠える。
 絶対にポールは僕たちの言葉を理解している、そう確信した。

マガジン表紙2

赤鬼の唄⑤ レット イット ビー

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