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淡いラベンダーの感情

誰かのことを考えるとき
顔と同じくらい鮮明に手の形や
爪の大きさを思い出す。

街ゆく人の手元を見ては
「この指はあの人にそっくりだ」
と考えることもある。

形状だけでない。
手は様々なことを語る。
手は喜んだり悲しんだり怒ったりする。
体調も分かる。好みも教えてくれる。

手は口以上にものを言う。

その手は、一言も言わず目も合わさずに
人差し指の先端を器用に使って
一冊の本を取り出した。
関節の大きな細い指がぱらりぱらりと
ページをめくっていくのが美しかった。


何も言われなくても分かった。
この手はこの本を愛してる。
この手はこの本の全てのページに
触れた喜びを再現している。

私もゆっくりとページに触れた。
過去にこの手が感じた喜びや悲しみが
じんわりと伝わってきた。
たとえそんなものがなくても、
はっきりと伝わった。

マーキングの筆跡や少しよれたページから
手の興奮さえ感じ取れた。


淡いラベンダーの感情

『存在の耐えられない軽さ』
ミラン・クンデラ /千野栄一 訳

チェコスロバキアで起こったプラハの春を
背景とした本作は、様々な人物の
決して交わることのない愛を描く。

この作品は不思議なまでに
エロティックなメランコリーの波紋が
作品全体に広がっている。

言うなれば
いつかどこかで浸ったことのある
淡いラベンダーの切なく澄んだ感情を
突然呼び起こさせるような作品である。

この透明感は恐らくここで多数出てくる
ガラス、鏡、カメラのレンズ、水など
のアイテムが影響しているのだろう。

愛によって引き裂かれたり
愛によって結ばれたり
愛は偶然なのか運命なのかを
ただひたすら問い続けられるストーリー
になっていて、ブラックコーヒーのような
苦味と心地よさを感じる作品である。


音楽の重さ

また、個人的に特徴的だと思ったのは
この作品には「音楽」が流れていることだ。

楽譜が途中で出てきたり
同じフレーズが何度も何度もリピートされる。

しかもその曲というのはベートーベンの
最晩年のカルテットである。

クラシックを知らない人でも、
ベートーベンは極めて「重い」演奏が
求められることを知っている。

例えば、『運命』は
ジャジャジャジャーーーンから始まる。
タタタターンでなく、パパパパーンでもなく
ジャジャジャジャーーーンなのだ。
言葉でその重さが伝わると言っても
過言でないくらい、彼の作る一つ一つの
音符やシラブルの重層感は凄まじい。

ベートーベンの四分音符(♩)は
他の作曲家たちのものと比べ物にならない
重さを持って現れるのだ。


この小説では様々な技法を使って
軽さや重さを表現しているのだが、
ベートーベンの音楽が時間と音の重たさ
として常にのしかかってくる。

この共感覚のような凄みは
読んだ人にしか分からない特権となる。

おわりに

とてもとてもとても好きな作品でした。

おすすめして貸してくれた手の美しい友人
に感謝します。






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22
見つけてくれてありがとうございます😌都内の大学4年生。境界性パーソナリティのHSP。誰かの書いたものを読みたくて始めました。
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