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この漫画が私達にくれるのは「解決」ではなく「赦し」


 私が大好きな漫画の紹介です。最近この漫画(および同作者による新連載)が流行っていますが、この漫画は「最近流行ってるから読もう」なんていう枠に収まるものじゃないです。全人類読むべき漫画です。

導入

学校生活。

世の中に蔓延するキラキラした漫画では、大抵の場合それは素晴らしいもののように描かれます。


「学校では沢山の友人と会えるし、いろんな部活だってできる!一年中楽しいイベントが盛りだくさんで、学校でできた友達は一生ものだよ!」



 けれど、実際には「学校」と聞いた時、良い思い出だけが浮かんでくるという人は多くはないでしょう。
 「いつも周りに合わせてへらへら笑うのが苦しかった。」「次に仲間外れにされるのは私なんじゃないかっておびえながら過ごしていた。」「大事なことを相談できる友達がいなくて孤独だった。」「周りから求められる理想像に合わせるのが大変だった。」…なんてみんなが味わう悩みです。

 この漫画は、そんな思春期の悩みのすべてを美化することもなく過剰に陰鬱に描くこともなく、ただただ写実的に描写した漫画です。
 人生で私が読んだ中で最もリアルで心に響く漫画。

あらすじ

 主人公の小雪は内気な性格の高校一年生。学校では誰かと会話を交わすことすらなく、唯一の友達は幼なじみである美姫だけだった。
 学校の誰とも仲良くなることなく二学期が終わろうとしていたある日、彼女はある二人の男子と出会う。彼らの名はヨータとミナト。彼らはどちらかと言えば(特にミナトは)いわゆる「陽キャ」だったので、彼らと二度と話すことはないと小雪は思っていたが、どうやら彼らは美姫の旧友らしい。
 それもあってか何故か距離を詰めてくるミナトと次第に小雪は接近していくが…? 
 この漫画は、小雪、美姫、ミナト、ヨータの四人の物語です。

四人の人物像

小雪

 主人公である小雪は、クラスでは通称「女王」と呼ばれ皆から畏れられている。彼女の表情は常に固く、誰とも全くつるまず、いつもすれ違う人たちをにらみつけている。

どうやら彼女は他人が嫌いらしい…


ちなみに彼女のあだ名は「こゆん」

 しかし、実は当の本人にそんなつもりはありません。彼女はただ単にマイペースで、他人と接するのが苦手なだけです。たしかに彼女は中学時代にいじめを受けていた経験があり、なるべく波風を立てないように過ごしている節がありますが、別に他人を拒絶しているわけではありません。誤解されがちなだけです。

 そんな彼女にも友人はいます。というか大親友が。

美姫

 彼女の名は美姫。彼女は小雪とは対照的に、いつも明るくおしとやかでクラスの中心となるようなアイドル的人物です。彼女の清楚な魅力は男女問わず届くようです。

 いつも女子にも男子にも囲まれた理想的な「お姫様」ですね。

 しかし、実は彼女の本当の性格はそんなキラキラしたものではありません。彼女は中学ではゴリラ呼ばわりされるほど周りの皆の抱く清楚なイメージなどとはかけ離れた性格をしています。別に彼女はそれを高校で隠すつもりはなかったのですが、入学当初にふわふわした感じのグループに話しかけられ、周りに合わせているうちにズルズルお姫様キャラを維持してしまっている…という感じです。

 彼女はなんとなく居づらさを感じながらも、周囲をがっかりさせるのが怖くて素を出せずにそのギャップに悩んでいます。

ミナト(右)

 そして何故か急に距離を詰めてくるようになった同級生、ミナト。いつもヘラヘラしていてなんだかチャラい…
 噂によると彼はどうやらかなり好色で、頻繁に彼女ができては別れているらしい。ある日を境に急に小雪に話しかけてくるようになったが、彼の真意は…?


ヨータ(※かわいい)

 そしてミナトの親友で、美姫の親友でもあるヨータ。
 いつもゆったりしていて誰にでも優しく、常にニコニコしているような人です。あと高身長。彼は美姫を昔から知っており、彼女の本当の姿を知っている数少ない同級生の一人です。悩みのなさそうな彼ですが、実は彼にも抱えているものがあり…

それぞれの抱える思い

 ここまで聞くと一見ただの青春ラブコメのようですが、話が進むにつれ次第にこの物語の暗い側面も明らかになっていきます。

小雪が過去に受けていたいじめ、芽生えた他人への不信感、自己嫌悪。

美姫が痛感した他人と息をそろえることの難しさ。

他人軸で生きていくミナト。同時に失われていく自分自身。


笑顔を絶やさないヨータが抱えるもの…

 どんどん物語は加速していき、より人間の深い部分を描写し始めます。現実の高校生活と同じく、明るい出来事だけでは済まなくなっていきます。

 じゃあこの漫画は鬱漫画か?といえば、そんなことは全くありません。むしろ明るい部類に入る漫画だと思います。これはネタバレではないと思うので先に言っておくと、この漫画は割と幸せな終わり方をします。
 陳腐なハッピーエンドが嫌いな私が、この漫画だけはハッピーエンドであってくれと強く願ったくらい、この漫画は光に満ち溢れています。

絡み合う複雑な人物関係

 この漫画が凄いのはそれぞれの心理描写だけではありません。この漫画、普通にラブコメとして最高に面白いです。
 別にそれらを否定するわけではありませんが、世に流通するラブコメって…大抵最初っから誰と誰がくっつくか明白ですよね。かぐや様とか古見さんとかって。もちろん、これらの漫画も大好きです。ですが、この漫画は四人のすれ違いにもどかしい気持ちになりながらも、結末がどうなっていくのかは予想できませんでした。(あくまで私の推察能力が乏しいだけかもしれませんが)

 これ以上言うとどうしてもネタバレになってしまうので何も言えないんですが、本当に読んでみてください。絶対に後悔はさせません。

リアルな心理描写

 この漫画に描かれている感情は、誰しもが抱きうるものです。そしてそれらの感情がすべて非常に豊かに深く描写されています。

他者に合わせて生きていくことに疲れ、本当の自分を見失う人、


 周りの「ノリ」や「冗談」だけで容易に傷つけられる事に苦しむ人、


不仲な家族を見るうちに、自分自身を殺して他人を救うことを覚えてしまった人、

全てを内側に溜め込み、自分の存在意義がわからなくなってしまう人。

 どれもがリアルで、本当に心に響きます。

絵について

 余談にはなるのですが、この漫画1話から10話くらいまでの画力の上達がものすごいです(全117話)。最初「絵柄がちょっと…」となっても全然大丈夫です。


 というか阿賀沢さんの画風が大好きです。こゆんちゃんかわいい。

結論

 学校という特殊なつながり。人生でこんな不思議な関係を築くことは二度とないでしょう。
 学校という環境は非常に閉鎖的です。否が応でも毎日互いに顔を合わせます。人の噂は一日と経たず伝播し、すぐに上下関係が生まれ、外部との接触もあまりありません。義務であるがゆえその集団から逃れることも容易ではない。みなそのまたとない密接なつながりを謳歌し、また他方では言い知れぬ息苦しさに苛まれる。

 何度も繰り返される365日。どれだけ必死にもがこうとどこにも行けない。私たちのほとんどは何か大きなことを成し遂げるでもなく、3年というタイムリミットの終わりを待つことしかできない。ただただ苦痛な毎日を耐え抜いて、その日の終わりを待ち望むだけ。それでも投げつけられる「今を生きろ」なんて言葉に、自分の生き方を批判されているような気がしてしまう。二度と取り戻せない極彩色の時間を無駄にしているんだと思わされる。あちこちで煌めく嘔啞嘲哳の「お悩み解決」はろくな解決も示せないのに饒舌です。そもそも学校で起きる問題ほとんどは解決不可能なのに。
 この漫画だって別にそんな悩みへの解決策を書いたものではありません。この漫画は皆が経験する悩みを、皆が経験する悩みだと教えてくれるだけです。ですが、時にそれは本当に私たちの力になってくれます。
 揺れ動く日々の中に生まれる悩み。学校が世界の全てである私達は、その悩みが普通のものかなんて知る術はありません。こんなに苦しいのは自分だけなんじゃないか、こんな小さなことに苦しむ私は異常なんじゃないか。そうやって自分自身ですら信じられなくなり、より深い孤独に堕ちてゆきます。そうやって底なしの自罰に嵌っていく私達に静かに手を差し伸べてくれる。この漫画がもたらすのは数限りない悩みへの解決ではない。ただこの漫画がそこにあってくれるおかげで、私たちは自分を許せるようになる。全ての高校生に贈られる、静かな讃美歌。

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