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「Arcアーク」誰もが考える不老不死というSFの中のまどろみを見事に映像に紡ぐ秀作

最近の芳根京子はすごく幅広い演技ができるようになったと思っていたが、この映画に出演したことが大きいのかもしれない。一人で17歳から90歳までを演じる。それも、容姿が変わらないという設定で。こんな演技は今まで誰もしたことはないであろう。そして、映画自体も今までには見たことがないような世界を観客に誘ってくれていた。

(この後、かなりネタバレが含まれます。ご注意を!)

時代は近未来なのだろう。とはいえ、無国籍な風景の中に、多くのいらないものを排除したセット。主人公、リナの紹介は、場末のキャバレーみたいな場で行われる。アナーキーなダンスにリナの心模様をつむぎだす。すごく異端な感じのスタート。

そして、寺島しのぶ演じるエマに導かれ、死体を質感そのままに保存する工房で仕事をすることに。ここから、生と死とは何か?という問いが映像の中に紡ぎ出される。いや、観客は異次元に連れていかれる。

そして30歳で、エマの弟の天音の研究による、不老不死の身体を得るリナ。ここまで引っ張っていく感じがなかなか不気味でいながら心地よい。

前作「蜜蜂と遠雷」でもそうだったが、石川慶監督は、映像の舞台のテイストをしっかり作っているため、観客がそこで行われる芝居に集中できる感じの世界を作る。そして、舞台劇にもできるだろうという感じの演出で、セリフを少なく表情で心持ちを見せていく。人間観察がとても好きなのだろうと感じたりする。

映画の中で、一般の人が、自分の心持ちを語るシーンが何回か出てくるが、ここは、ドキュメンタリーを見ているようである。どうやって、こういう芝居を引き出すのか?見事である。まあ、音がない中での語りがそうさせているようにも見えるが、役者の表情が実に良い。こういうところで、ドラマがドラマ出なくなるような瞬間を紡ぎ出すうまさは凄い。

そういう、映像を作る上でのピースを嵌め込みながら、人間が生きるということを観客は考えながら旅をしている感じが良いのかもしれない。

そして、夫である天音が遺伝子異常で、若く命を落とすことで、この施術が完璧でないことを示し、リナが住み続ける島は、施術を受けなかった人が最期を迎える楽園というような設定は、この話の危うさそのもので分かりやすくはある。

そして、不老不死が可能になり、それを反対するものが現れたり、結果的には自殺が増え、出生率は減るばかりという、人類が変な方向に向かっていることも示しながら、リナに向けられる運命を描いていく。実際は、不老不死の人が多く増え、異様な光景が出現していることを絵には見せずに観客に恐怖感さえ与えていく映画だ。

その重要な89歳から90歳のリナの生活のシーンをモノクロにしたのは、かなり力強い映像表現に感じた。未来をモノクロにする。そう、もはやその未来は必要なのか?と言われているように。周囲の人々が幸せそうなだけに不気味さを感じる。モノクロの映像は、映画館全体を明るくする効果もある。そう、未来は明るい???という表現にも思えた。

そして、カラーに戻ったラストは、作り手の、この映画に対する明確な答えなのだろう。ある意味、そこに美しさを感じる人は多いと思う。

シンプルに、生と死、人生とは何か?を問うてくる。見終わった後、多くの人がそういう心持ちでスクリーンを離れるのだろう。映画館で体験して欲しい不老不死の世界であった。



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