kono星noHIKARI 第21話
BETRAYER Ⅴ 2020.08.25
リオがインターフォンを押し、「こんにちは!」「すみません」「誰かいませんか?」と何度も話しかけるが、返答は無い。
塀は屋敷を取り囲み、門は堅く閉ざされている。
門の上部にある大袈裟な防犯カメラを目を細めてリオは睨んだ。傾いた陽射しがカメラに反射している。
少し離れた住宅の塀の陰に、車を停めているダニーにリオの意識が届く。
──ジェフはこの中にいるよ。分かる。僕に気付いてるけど、何も伝えてこないんだ。どうしよう。誰も出てこないし......
──リオ、ルカが色々調べてくれている。一旦離れて、車に戻って来て。
──わかった。
ぎりぎり門が見える場所に車を停め、ふたりは様子を伺う。
リオ「何も言ってくれなかったけど、ジェフは僕らを巻き込みたくないと思ってるみたい。でも、すごく、疲れてる」
ダニ「そう。もっと、話をするべきだった。追い詰めちゃったな。分かってやれるのは俺らしかいないのに」
リオ「ジェフは凄く頑張ってるよね」
ダニ「頑張ってる。リオ、それはみんな知ってる。大丈夫だ」
リオ「うん」
辺りの影が大きく傾いている。住宅街の灯が点きはじめた。時折、リオがFILMをステルス化させ、屋敷の塀の前を歩いてみたが、門が動く気配はなく、ジェフから伝わってくるものはなかった。
ルカのデータによると、この家の所有者は一般人だが、不動産屋や管理会社は、反社会的勢力の存在が噂されているところだ。ダニーたちとは対角線上の立場にある多国籍企業の傘下だ。家の造りからして、所有者はダミーだろう。
ダニ「あまり、関わり合いたくない相手だな」
涼を求めて散策に出た人々を見ながら呟く。
リオ「ヤバい所なの?」
ダニ「まぁ、どの視点で見るかだよね。ありとあらゆる手段で収入を得るあちらさん側と、あらゆる情報を売って収入を得る俺ら、こっち側と」
リオ「僕らは世の中のためになってるじゃん」
ダニ「ワクチンの開発が早くなったせいで本来死んだかもしれない人間が沢山助かった。医療の進歩って事にはなってるけど、少し意味合いが違うんだよ。俺たちが企業に渡したものは、本来は半年後に出るデータなんだ。俺たちが未来を変えてるんだ」
リオ「相馬さんもたくさんの命を助けているよ?良いことをしてるんじゃないの?」
ダニ「相馬さん個人が助けたくて助けた命もあるだろうけど、企業側の依頼は全てお金の為だ。安全に暮らしたい俺たちはそれに上手く便乗しているんだ。俺たちの星で寿命延長は当たり前だけど、この星は違うんだよ。相馬さんはね、自分の匙加減で他人の未来が大きく変わることに、凄く苦悩し葛藤し続けている」
リオ「でも、ノアが変えようとしている未来は?代償なんか求めていないのに」
ダニ「変えようとしているんじゃない。運命なんだ。本当はノア以外、誰も気付かない間に終わっていたかもしれない」
リオ「そう......なんだよね。僕、それを思うと胸が締め付けられるように苦しくなるんだ」
ダニ「みんなも、同じだよ」
街灯の周りを蛾や甲虫類が、飛び回ってる。
リオ「あんな、あんな小さな虫たちまで、ノアは助け........
リオの顔が歪み、最後の言葉が掠れ、声にならなかった。ダニーは優しくリオの頭に手を置く。
出歩く人も少なくなり、遂には消え、辺りはしんと鎮まり返った。
リオ「何故、ジェフだったんだろう?」
助手席に深く沈み込んで気持ちを整えていたリオが、ダニーを見上げ聞く。
ダニ「あちらさんが少なからず俺らのことを知っているからだ。どこまでか、分からないけど。でなければ、ジェフが拉致されるわけはないな。アキちゃんは利用されただけと思う......」
リオ「絶対そうだよ!いい子なんだ。友達になるの」
ダニ「アキちゃんもそう思ってるの?」
リオ「そうだよ。一緒に食事したり買い物行ったり、マニキュア見せ合ったりするの。地球の女友達になるの!」
ダニ「そうか。早く助けてあげたいけど。ジェフも体力を削りながら行動するタイミングを伺ってるのかもしれない」
ジェフから何かしらの合図がないか、ふたりとも神経を研ぎ澄ます。
前触れもなく、ふいに門がスライドし、ゴミでも捨てるかのように、何かが放り出され、再び門は閉じられた。
目を凝らしてそれを確認したリオが叫んだ。
リオ「え?あっ、アキちゃんだ!酷い!」
ふたりが車から飛び出す。リオはアスファルトに転がるアキに駆け寄り抱き起こす。
リオ「アキちゃん、痛いところない?」
アキ「リオさん?」
リオ「そうだよ」
アキ「わたしは大丈夫。兄ちゃんが!お兄ちゃん、死んじゃう!お兄ちゃん」
リオ「落ち着いてアキちゃん。大丈夫だから。頭の中整理して」
と、意識を読むためアキの肩に手を置いた。
リオ「アキちゃん?君……」
アキ「ジェフさんが、まだ中に!」
リオ「あ、うん。分かってる。大丈夫だから。車に入って、ロックして。見えないように。じっとしてて」
アキ「はい......」
震えるアキを気にしつつ、リオは車を離れた。ダニーは少し離れたところで、ルカと連絡を取りあっていた。
リオ「ダニー、ジェフが!」
ジェフの意識が語りかけて来た。アキが解放されたからだろう。
ダニ「俺にも分かった。行こう」
ふたりは、地球に降りた時のような暗色のスーツとブーツ姿だ。街灯の明かりから遠ざかったところへ素早く移動する。ふたりの身体からゆらゆらとFILMが湧き、姿が消える。
塀の手前で、一歩踏み込み、タンッと地面を蹴る。重力調整ブーツを履いたダニーとリオは一気に塀の上に飛んだ。
塀の上から様子を伺う。庭には夏の夜の生ぬるい空気と、帷が連れてきた冷えた空気が絡み合っている。塀の上から屋敷の側面が見える。窓も固く閉じられているようだ。塀から音を立てないように降り庭木に沿って歩く。
アキを放り出したらしい男が玄関のドアを開けようとしていた。
リオ「ねえ」
FILMを収め、男に声をかける。
ひと気の無かった背後から声をかけられたにもかかわらず、男はゆっくりと振り返った。
ジェフより大きそうな角刈りの男が「お嬢ちゃん、どうしたの」と視線を下に落とした。
リオ「友だちがここにいるんだ。帰ってこないから心配してきてみたんだ」
男「友だち?そこにいなかったか?」
リオ「知らない」
男「じゃあ、知らねーよ」
リオ「連れ込まれてさ、コンピュータ直せって言われた友だちなんですけど」
男「そんなやつはいねえよ。お嬢ちゃん帰りな」
リオ「おかしいなあ」
男「おまえ、さっき、何回もインターフォン押してたろ」
リオ「ああ、そうだよ」
男「勝手に庭に入ったり、悪戯はそこまでにしとけよ。ガキ」
男は家の玄関のドアを引き、入ろうとした。開いた扉の隙間からステルス化したダニーが足音も立てずに先に入る。
その後にリオも続いた。
男「このガキ、何してる!」
リオ「うっせーな。ジェフを拉致ってるんじゃねえよ」
男「口の悪いお嬢ちゃんだね」
リオ「お前にお似合いの言葉使ってやってんだよ」
男「大概にしておけよ?」
リオをつまみ出そうとした男の後ろに、素早く回ったリオが、男の片腕を背中にねじり上げた。が、大男の怪力が勝った。男が体を反転させると、その反動でリオは吹っ飛んで尻もちをついた。すかさず男がリオの肩を掴み立たせたが、リオが思い切り相手の股間を蹴り上げ、男はその場にうずくまった。苦しみながらも男はリオの足首を掴んで離さない。
リオ「離せよ!」
男「なめんな、このガキ!」
捕まえようとするもう一方の手がリオに触れる直前、男が背後から脇を蹴りあげられ、振り向く前に側頭部に2発目の蹴りを受け「ぐはっ」と発し男はそのまま床に伸びた。
ダニ「また、無茶して。中に入るなって言っただろう?」
リオ「ありがと。僕も行く」
ステルス化したダニーの姿は見えないが、リオにはFILMを纏うダニーがはっきりと感じられる。
ダニ「リオ、危ないことはするな」
リオ「えーでも、ジェフがここにいると思ったら」
ダニ「でも、じゃない!」
リオ「ごめんなさい」
ダニ「分かったよ。リオも消えて」
リオ「うん!」
FILMを発生させ、姿を消した。
先に進むと階下から昇って来た3人の大男たちに出くわしたが、ステルス化したダニーとリオには気付かず、横を通り過ぎ、倒れた男を囲み見下ろしいている。
──ダニー、ジェフの声聞こえてる?
──分かってる。ルカにすぐ、伝えるよ。
──ジェフも、戦いかた知ってるのに、何故、出てこないんだろう。
──争いは嫌いなんだよ。先へ進もう。
コンピュータ室から、偶然出てきた人間の脇を通り中に入ることができた。ガラス張りの左右の部屋には数人の男たちがPCを操っている。タバコの臭いが充満した給湯室を過ぎ、ジェフのいる部屋の入口に着いた。
カチッと音がして、ダニーとリオの目の前でドアが開いた。ジェフが開けたのだろう。音もなく侵入する。入口横のPCのディスクに座っていたグレーのつなぎを着た男が、訝しげにドアに目を向け、扉を閉める操作をした。
ジェフがコンピュータ室の奥から、重い体を引きずる用に歩いてくる。ダニーとリオに気付いているが、表情には出さない。
ジェ「おわたよ」
男「まじか、速いね。お前、何もんだよ」
モニタを見て驚嘆する。
ジェ「ジェフ」
男「名前じゃないよ」
ジェ「帰る」
男「待て」
つなぎの男が、PCで誰かと通話し始めた。「は、いや、終わったって。ほんとっすよ.......」
つなぎの男がジェフを手招きする。モニターの右上部に高梨が映っている。
高梨『ジェフ君、さすがだね』
ジェ「帰る」
高梨『こんなにできる子なんだね。引き止めて悪かった』
ジェ「アキちゃんに、可哀想なことしたでしょ」
高梨『彼女の兄は荷物でしか無かったからね。面倒を見たのは私だよ。お兄さんの連絡先は伝えたよね』
ジェ「ボクは帰る」
高梨『もう遅い時間だ。僕のところに来ないか?アキちゃんとお兄さんもまとめて面倒見るよ?』
ジェ「見返りは良くない人する。ここは良くない。良くないことしてる」
薄らとジェフのFILMが発生し始めた。体力が限界を超えて今にも崩れ落ちそうだ。FILMを知られてはいけない。
サーバーの陰からFILMを収めたダニーとリオが思わず飛び出し、ジェフの身体を支える。
男「なんだ?お前ら!」
いきなり現れたふたりにつなぎの男が驚く。ほぼ同時にドアが開き、4人の大男たちが入って来た。
男1「ふたりもいるじゃないか」
男「いつの間に!」
男2「あのガキだ!俺を!」
さっき蹴られた男が腕を振り上げ、リオに襲いかかって来たが、一瞬にして間を詰めたダニーが男の腕をかいくぐり「それは俺だよ」と、アッパーカットを喰らわし、男を床に沈める。
ダニーは、動体視力(DVA)と反射能力が高い。
他の男たちも一斉に飛びかかろうとしたが高梨の『止めろ!』と言う声に、小さく舌打ちをし、その場に留まった。
高梨『お前たちが勝てる相手じゃない』
リオ「勝ち負けじゃないよ。ジェフを迎えに来ただけ」
画面越しの高梨を睨みつけながら言う。
高梨『ふふっ。どうやら、ちょっと面倒な方々をお招きしてしまったようですね。こちらも、それなりの応対が必要でした。大変失礼しました。また、お会いすると思います。きっと。その時はね、宜しくお願いしますね』
ダニ「もう関わらないでくれ」
静かに伝えた。画面の向こうの高梨は微笑んでいる。
ディスクに両手をついて肩で息をしていたジェフが、長い腕を伸ばし、キーボードにカタカタと数回打ち込んでEnterを押した。モニタの高梨が消えた。一瞬の間を置いて、全ての機器と照明がシャットダウンし辺りは暗くなる。
男「何をした!?」
つなぎの男の声がする。真っ暗な中、他の部屋からも、声があがる。
10秒ほどだった。再起動したPCが辺りを照らしたが、3人の姿はそこにはなかった。男たちが慌てて探す。
モニターに、プログラムが崩壊する様子が映し出されている。つなぎの男はどうすることもできず悲鳴を上げ、頭を抱えた。
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