徒然なるまま

今日は1か月前に告知されていたリフティング大会の日だ。この日のために、私は毎日放課後公園へ行き、リフティングの練習をしていた。

まだ遊びたい盛りの子供が、自主的に友達とも遊ばず一人公園でリフティングの練習をする。
かなりのサッカー少年であった私はむしろ友達と遊ぶ時間が惜しく、時間を自分の練習のために使い、人よりも上手くなりたいという強い向上心を持っていた。

私の他にもうひとり、リフティング大会に熱を燃やす人がいた。H君だ。
彼は私のライバル的な存在で、私といろんなことで争っていた。
九九を覚えた速さや足の速さ、テレビゲームでもよく争っていた。

私は彼には負けたくないと、闘志を燃やしていた。自主練習にも熱が入った。
彼の方も、私と争う事になるだろうと思っていただろう。

しかし当日、結果は思っていたようにはならなかった。
練習では100回以上できていたのにもかかわらず、私は本番では25回しかできなかった。
2回チャンスはあったものの、極度の緊張により体が動かなかった。

H君は逆に本番に強く、私よりはるかに多い回数をこなし、背番号10番を受け取った。

20年以上たった今でも、このことははっきりと覚えている。
ライバルに負けたことはもちろん、それよりも自分の実力が出せなかったことがとても歯がゆかった。
頑張って積み上げてきたものでも、自信の有無が結果を左右するということをここではっきりと学んだ。

学んだとは言っても、そこからメンタルが強くなっていったわけではなく、むしろ大事な場面になるとこの記憶が呼び起こされ悪い結果へと私を引っ張っていった。

喉から手が出るほど欲しかった、サッカーでの結果。
小中高合わせて12年、サッカーに費やしてきた日々は、ついに日の目を見ることはなかった。

私は誰だ。

小中高はサッカーが人生だと思っていた。物心付いた時からボールを蹴り、将来はサッカー選手になれるものだと思っていた。

大学からはフットサルに情熱を燃やし、サッカーで達成できなかった思いをフットサルを通して叶えようと思っていた。
そして社会人、フットサルも辞めたあと、その空いた穴にすっぽりと入るように英語が私の人生の大きな一部となった。

私は誰だ。

英語を仕事にするという念願の夢を叶えたあと、私は特段大きな感情を経験したわけではなかった。
気が付いたら、その夢は自分の日常となっていた。
わかりやすいゴールテープなどはなく、おめでとうという声もなく当然のようにすこしずつ人生の風景は変わっていく。

その中で、私は常に将来の自分を想像していった。
おそらく、3年後、5年後も私は今とは異なることをしているのだろう。



私は何を得ている?
私に何が残る?
心の中に蓄積されてきた重石は去る時が来るのか?

かたちあるものはすべて消えていく。
体も、苦労して覚えた英語も、家族も。
なぜ頑張る?幻想を求めている自分は何か。

私の中で舵を取る存在は、本当の自分なのか?それとも別の存在なのか。

あらゆる経験が人生の目的なのであれば、なぜ自分は、ある経験をしたくないと思うのだろうか。

私たちがこれまで学んできたこと。いいこと悪いことはすべて、人類の知識の集結であって、それが私たちの見方に影響を及ぼしているのではないか。
そして、本来は意味というものを持たないモノに対してもレッテルを貼り、モノを歪めてみているのではないか。

これまで語ってきた私という人間は、本当に私なのだろうか。

これまで無抵抗に受け入れてきた私に関する情報の数々。
これらすべてを否定したら何が残るのだろう。

私は名前ではない、思考でもない、体でもない、心でもない、家族でもない、弟でもない、友達でもない…

この目を通して見ている、この体を動かしているこの感覚はなんなのだろう。

存在することのこの不思議さはなんなのだろう。

嬉しい気持ち、喜び、驚き、それら様々な感情の出どころはどこだろう。
私はいつこのゲームに終わりを告げるのだろう。

経験することによって、ある感情を経験する。
その感情に応じて私は行動する。
その感情、行動はどこからくるものなのだろう。

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