1-5 夢に見そう……

<前 目次 次>

次の夜、夢の時間はひたすら「身体強化」による走り込みと石を操る「念動力」の訓練に費やされた。
その次の夜は「身体強化」の次の段階として追加で木登りや高跳びを課された。
そしてその次の夜、ようやく飛行訓練と相成った。ようやくといってもそれは私の主観であって、メノウに言わせればかなり早い方であるらしいが。

まずは見本とばかりに、メノウが何の予備動作もなくフワリと浮かび上がった。
すごい、本当に飛んでいる。
まるで一人だけ無重力空間にいるかのように、しかし漂っているだけというわけでもなく、前後左右上下へ滑るように移動している。急上昇からの宙返りなども決めて、まさしく「飛行」していると呼べる状態だ。

促されるまま手をつなぐと、浮遊感とともに足が地面から離れる。二人の間を中心にクルクルと回転しながら踊るように上昇していく。
すごい、本当に飛んでいる。
私は何もしていないので、メノウが二人分の体重を「念動力」で支えているのだろう。習熟すればそこまでできるようになるのか。

「この感覚を覚えておけよ」

ひとしきり空を体験させてくれた後、ゆっくりと地面に下り立ちながらメノウが言った。
訓練そのものは垂直跳びだった。高くジャンプして、最高到達点で一瞬だけ自分に対して「念動力」を発動、そこから滞空時間を徐々に伸ばすというものである。
最初のうちはピョンピョン跳んでいるだけであったが、感覚が掴めてくると落下が遅れ、等間隔だったジャンプのリズムがどんどんずれていく。ジャンプした高さで周りの様子を眺める余裕も出てくる。
いける、と思ったタイミングで「念動力」を発動しっぱなしにした。重力との戦いに若干競り負け、ジリジリと下降してフワリと着地する。

「おおっ……!」

今のはかなり飛べている感じだった。
そこからさらに訓練を重ね、次の夜には早々にジャンプした最高到達点で完全に静止していることに成功した。

「ふむ、そろそろいいだろう。ちょっと中断して、実戦の見学と行こうか」

実戦。当然「バク」との戦いであろう。訓練に夢中になりすぎて若干忘れかけていたが。

道中も訓練に当てようということで、低高度を飛行しているメノウを追う。当初は早く走ることすら満足にできていなかったが、今ではちょっとした建物くらいならジャンプで飛び越えられるようにはなっていた。そこに「念動力」による高度維持も合わせ、一回の跳躍でかなりの距離を移動できる。完全に飛べはしなくともこれだけでもすごく便利で、夢のことを覚えていたら現実でもやろうとしてしまいそうだ。

「『バク』がどこにいるか、わかるんですか?」

「まあ、だいたいはな」

この数夜、ときどき訓練中の私を放置して出かけることがあったが、それも「バク」退治だったのだろう。居場所を探知できる「異能」もあるのかもしれない。

「あと三歩で止まれ」

言われたとおりの歩数で着地して止まる。メノウも下りてきた。

「見えるか?」

見えた。
以前遭遇して喰われかけたときと同じような交差点、離れていてもわかる巨大さを持った犬がなにやらモソモソと動いている。

「もう少し動きがわかる距離まで行こう。できるだけ近付いて待機、もし君に襲いかかるようなら逃げてくれ」

若干段取りがぞんざいだなと思いつつ、前方にメノウ、後方に私が距離を取って並び、ゆっくり歩いて「バク」へと近付く。
四つの目が見えるようになってきたところで、向こうがこちらに気付いたようだ。

「今回は素手でやるからな、ようく見ていろ」

そういえば今は仕込杖を持っていないな、と今更ながら気付いた。
「バク」が吠え立てながら走ってくる。メノウが応じるように駆け出す。
取り残された私は言われたとおりその場で観察する。

両者が激突する。
先に一撃を食らわせたのはメノウだ。大きく口を開けた「バク」の鼻面に一発、鋭い突きを叩き込んだ。
続けざまに足を振り上げ顎を蹴って口を閉じさせ、上を向いてガラ空きになった喉へ反対の足で前蹴りをかます。

一方的な展開だった。

よろけながらも体勢を立て直した「バク」が再度突進を仕掛けるも、今度はヒラリと華麗に躱して胴体に拳を突き込む。後ろ足を引っ掛けて体勢を崩させ、背中を踏みつけにする。

獰猛な吠え声はいつしかキャンキャンという悲鳴に変わり、それすらも時間とともに聞こえなくなっていった。

散々に痛めつけられ、倒れて動かなくなった「バク」の傍らに立ったメノウが手を振る。こちらへ来いということだろう。
近付いてみると、「バク」はダラリと舌を出して息絶え絶えといった様子であった。四つの目は開いてこそいたが、どこにも焦点が合っていないように見える。

「動物愛護団体から苦情が来そうな痛ぶりようですね」

「こいつを動物に含めるならな。それよりどうだ、素手での戦闘を一通り見て」

忌々しい、といった顔をしながらメノウが横たわった「バク」の体に蹴りを入れる。なんだかだんだんかわいそうになってきた。

「まあ、意外と簡単そうでした。バカの一つ覚えみたいに突進しかしてこないですし」

「そうだな、この図体で頭が良ければもう少し戦況は悪いだろう。『身体強化』と『念動力』を鍛えた今の君ならいい勝負ができる。最悪逃げることは簡単だろうな」

「逃げるのはいいとして、倒せますかね?」

今の私は常人の数倍の跳躍力を持っている。単純に移動速度が違うし、なんなら家の屋根にでも上ってしまえば追いつけまい。
だが、たとえ頭が悪くとも大きな獣である。先程のメノウのように素手で殴り倒せるかと言われると少々疑問であった。

「できるさ。走るのも殴るのもイメージの問題だ。それでこいつだが」

再び蹴りを入れられた「バク」はもはや身動き一つしない。

「死んでます?」

「いや、死んだら以前見たように消える。そこでトドメをやってもらいたい」

「え、私がですか!?」

突然の提案にたじろぐ。

「いずれはやることだし、経験しておいてもらわないとな」

「えっと、それで、どのように……?」

私の質問に、メノウは爽やかな笑顔で言い放った。

「頭を踏み潰せ」

「いやいやいや」

もっとこう、スマートな方法はないのだろうか。夢の中とはいえ、目が四つあるとはいえ見た目はリアルな犬なのだ。

「殺しきるには頭を潰すか切り離すかだ。大丈夫、イメージさえあれば丈夫な頭蓋骨でもちゃんと踏み砕ける」

「不安要因そこじゃないんですけどね……」

「早くしないと回復してきてしまうぞ」

つまりは、やらなければならない。それもできるだけ早く。仕方がないので意を決して「バク」の頭へ近付く。見れば表情筋がかすかにピクピクと動いている。目が合わないのがまだしも救いだろうか。
その頭に足を乗せる。失敗はしたくない。一度で済むよう、骨が、血が、脳漿が弾け飛ぶ様を克明に想像する。一秒、二秒、三秒。そして。

「ぅえいっ!」

グシャリ、と想像のとおりに「バク」の頭は砕け散った。一拍を置いてその体が光を放ち始める。

「夢に見そう……」

夢なのに。

<前 目次 次>

この記事が気に入ったら、サポートをしてみませんか?
気軽にクリエイターの支援と、記事のオススメができます!
ここでは小説を書くことを志すナニカ。ラノベ漫画アニメゲームを広く薄く囓っている中途半端なオタクでもある。現在は創作論のようなものを投稿しながら裏で小説の執筆に挑戦している模様