1-2 夢なのに痛いとは……

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「夢なのに痛いとは……」

昨夜落下した場所に座り込み、納得いかない感情を込めて声に出す。鏡はないが、姿も服装もそのままのようだ。

地面に激突した時はとても痛かった。夢なのに痛かった。そして夢の記憶はそこで途切れ、目が覚めたのだ。
深夜、わけもなく目が覚めて困惑した私はそれでもすぐに寝なおそうとした。しかしどういうわけか一睡もできず、そのまま朝を迎えてしまった。
強烈な眠気を抱えたまま平日の一日をどうにかやり過ごし、ようやくとばかり眠りについたのである。
そしてこの同じ場所、同じ格好。明らかに昨夜の夢の続きである。

コレは普通の夢ではない。見始めた時からなんとなく感じていたものがハッキリとしてくる。

昨夜見て、今夜も見ているとなれば、明日以降も見る可能性があると考えるのは妥当だろう。今後付き合っていくことになるものに対して、その正体を見極めるのは必要なことだ。
この夢の正体を見極める。そのためには何ができるだろうか。

「……とりあえず、歩きますか」

とにかく動くしかない。いまのところ、夢の側から何か事件が起きているわけではないのだ。となれば自分から動いて探っていくしかない。

学校の敷地を出て歩く。

しばらく行くと市外へ向かう道路に差し掛かった。

「壁……?」

市境の少し手前だろうか、見えない壁のようなものがあってそれ以上進めない。向こう側にも街は続いているが、なんとなく薄ぼんやりと暗くなっている。
試しに蹴りを入れてみるが、びくともしない。ここから先は範囲外ということなのだろう。

範囲外があるということは、範囲が決まっているということだ。他の場所を確認していないので推測になるが、範囲は市全体あるいはそれに近い円形か方形あたりだろうか。

「となると中心ですかね」

端に何もないとなれば、何かあるなら中心だろう。正確な位置はわからないが、市役所があるあたりのはずだ。

再び歩き出す。

疲れは感じていないが、流石に歩き通しで飽きてきた感はある。時間短縮のためにもやはり空が飛びたい。
そんなことを考えながら歩いていると、角を曲がった先にそれはいた。

「犬」

車道の真ん中に犬がいる。強烈な違和感とともに。

「……でかいですねー」

犬というには巨大だった。大型犬よりもなお大きく、体高が人の背丈ほどもありそうであった。
距離はかなりあるが、それでも威圧感は強い。それがこちらへ気付くとノシノシ歩いてきた。

犬がいるのはいい。生物がいるというのはある意味で発見だろう。大きいのもいい。夢なのだから多少非現実的な大きさでも文句は言わない。たとえ目が四つあったとしてもだ。
だが、こちらへ近付いてきているのは問題だ。獰猛な、こちらを食い殺そうとするような気配を隠しもせずに。

「これは、逃げたほうが、いいような?」

そう思う間に、四つ目の巨犬は吠えながら歩みを早めさらに駆け出してくる。

犬から目をそらさないようにしながら後ろへ向かって走ろうとして、あっけなく転んだ。

「やばーー」

立ち上がろうとしたうつ伏せの視界に影が差す。唸り声がすぐそばで聴こえる。

ばくり。

胴体に思い切りかぶりつかれた。
そのまま持ち上げられる。万力のような顎が締め付け、鋭い歯がブスブスと体に穴を開けていく。

「あっ、がぁっ……!」

痛い。夢なのに痛い。生きながら食われるなどできれば、というか絶対に経験したくなかった。それが夢の中であったとしてもだ。痛みで目が覚めるならそろそろ覚めてほしい。

と、巨犬が噛む場所を変えようとしたのか顎が一瞬緩んだ。その瞬間、周囲に風が巻き起こりズドンという衝撃音が鳴り響いた。
顎による拘束が外れ、アスファルトの路面に投げ出される。手負いの獣特有の甲高い悲鳴が辺りに響く。

何が起きたのかと、痛みをこらえて身をよじる。
視界に映ったのは暴れ狂う巨犬と、その上に跨がる人影と、そして唐突に切り離されて転がってくる四つ目の頭部であった。

「ひっ……!」

痛みを忘れて身を起こすと、胴体だけになった巨犬が横倒しになるところであった。その背から飛び降りた人影がこちらを振り向く。

「初見さんかな? ご覧の通り、この夢はだいぶ物騒でね」

この夢を見ていて初めて聞く、自分以外の人間の声だった。
倒れた巨犬が淡く光りだし、小さな光の粒になって風に流され消えていく。

長い黒髪に白い肌。黒の詰め襟とスカート、左目には白いガーゼの眼帯をしている。
右手には反りのない刀を、左手にはその鞘を持っていた。刀を振り、鞘に納めて地面に突くと、一見して武器とわからない杖になる。仕込杖というやつであろう。

夢の世界の住人だ。そう思った。背景に溶け込むような白黒の、しかし強く主張してくる奇抜な格好には夢であることを差し引いてもなお現実感というものがまるでなかった。

「えーっと、あなたは?」

まともな答えが返ってくるとは思えなかったが、それでも訊いた。

「私はメノウ……まあ本名ではないがね。君と同じこの夢に"囚われた"人間だよ」

「囚われた……?」

言葉の意味を理解しかねてオウム返しにする。

「あー、なんて言えばいいかな。私は君の夢の中の登場人物ではなく、一緒にこの夢を見ている現実に存在する人間なんだ」

第一印象に反する回答だ。それはつまり、私とは別の人間が別の場所で眠りにつき、同じ夢の中で私と出会っているということだろうか。そんなことがあり得るのか。

「あり得ないと思うだろうがな、この夢は特殊なんだ。それは君も理解できるだろう?」

確かにこの夢は普通ではない。はっきり夢だと知覚できていることもそうだし、普通の夢によくあるあやふやさや不条理な現象がほぼーーさきほどの四つ目犬を除いてーー存在していない。なんというか、安定し過ぎているのである。日を跨いで続きを見ているというのも夢っぽくない。
夢とは本来、脳が睡眠時に記憶を整理する過程で見せる幻覚である。が、この夢はなんだか元から夢の世界がどこかに存在していてそこに入り込んでいるような感じだ。

「具体的な原理は説明がつかないが、とにかく私が一個の人格であることは理解してくれ。そのうえで、話をしようじゃないか」

ゆっくりと、おそらくこちらを刺激しないように歩み寄ってくる。
一個の人格、つまり人として尊重しろということだ。では、話とは一体なんだ。こちらから訊きたいことは山ほどあるが、あちらに話すことなどあるのだろうか。

「どちらのための話ですかね?」

伸ばされた手を取りながら訊ねる。

「察しがいいな、両方だよ」

それが彼女ーーメノウとの出会いであったし、この奇妙な夢の本当の始まりでもあった。

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ここでは小説を書くことを志すナニカ。ラノベ漫画アニメゲームを広く薄く囓っている中途半端なオタクでもある。現在は創作論のようなものを投稿しながら裏で小説の執筆に挑戦している模様