1-6 夢のくせに! 夢のくせに! 夢のくせにぃ!

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あっという間に一週間が過ぎた。
あれからも「異能」の訓練をしつつ何度か「バク」退治を見学し、そのたびにトドメ役をやらされてきた。完全な飛行まではまだかかりそうだが跳躍と浮遊を組み合わせた長距離移動は安定してきたし、新しく始めた格闘訓練も順調だ。なにより「バク」に対する恐怖にはかなり抵抗力がついた。
今なら一匹や二匹倒せて当然、とばかりの自信とやる気に満ち溢れている。現実の自分とは大違いだ。
そんな心理的余裕を見て取ったのか、メノウからは「次に『バク』が出現したときは退治を任せる」と言われている。

「行くぞ、出た」

メノウが簡潔に告げた。実戦のときが来たようである。

「危なくなれば助けに入る。思いっきりやれ」

「はい!」

どことなく体育会系なやり取りを経て「バク」の出現場所へと向かった。これまでの出撃で恒例になった、飛行するメノウの後を跳んで追いかける陣形である。

「見えました」

メノウに先んじて声を上げる。住宅街を屋根から屋根へ跳んで進むことしばし、とある通りにそれはいた。盛んに辺りを嗅ぎ回り、せわしなくウロウロと動き回っている。

「道幅が狭いな。動きが制限されるが、それは向こうも同じ……いけるか?」

「いきます!」

応えて、跳躍の角度を変えて先行する。一歩、二歩と跳び、滞空中に持ってきていた拳大の石を投げつけ、「念動力」で加速させる。

「チッ!」

外れた。アスファルトを抉ったその威力は十分、だが地面に立った状態で操るのとは加減が違う。実戦で使うにはまだ修練が必要そうだ。
着弾の音に「バク」が反応する。だが投げた元へは注意が向いていないようだ。

「でぇやぁああああっ!」

次の一手は空中から落下しつつの飛び蹴りである。石と違って自分が弾だ。直接見ながら位置を調整できるので今度は外さない。

動きの止まっていた「バク」の横っ腹へ突撃する。足型を残さんばかりに命中した蹴りがその巨体を吹っ飛ばす。

「うわっとっと」

そのまま突っ込まないよう「念動力」で身体を抑え、なんとか無事着地する。ガリガリと靴底が削れた。
丁字路の石塀に叩きつけられた「バク」は、しかしすぐに立ち直ってこちらを認識した。怒りに満ちた、ように聴こえる唸り声をあげ、今にも飛びかかってきそうだ。

「さあ、はじめましょうか」

挑発するように構える。それに乗ったのか、四つ目の巨犬が突進を仕掛けてきた。
何の策もない、愚直な突撃である。「身体強化」を使えば躱すのはたやすかった。

「せえい!」

回転しながら避け、その勢いを乗せて回し蹴りを放つ。先程のように吹っ飛びはしなかったが、それでも姿勢は崩れた。
その隙に可能な限り攻撃を打ち込む。正拳突き、掌底、前蹴り。反撃の牙を躱すまでに十発は入れてやった。

再びの突進。今度は真上に跳んで避ける。縮めた足を伸ばして背中を思い切り踏みつけ、その反動で距離を取る。

三度目の突進には力強さが欠けていた。
顎を蹴り上げて勢いを殺し、浮いた前足を払って体勢を崩す。隙だらけで上を向いた横っ面に拳槌打ちで路面に張り倒す。

すぐに起き上がってはこなかったので、容赦なくトドメに踏みつける。ブーツの底が頭蓋を砕き、血と脳漿が飛び散った後に全身もろとも光となって消え始めた。

「早いな、いい対処だ」

消える躯を眺めていると、いつの間にか下りてきていたメノウに声を掛けられた。

「反撃の隙を与えないのが一番って、見ていて学びましたからね」

存在しない眼鏡を直すフリをしながら答える。
何回かのメノウによる「バク」退治の実演は全て先手必勝というべきものであった。一度だけ後手に回った場合の対処も見せてくれたが、その際には意外な俊敏さによる噛みつき攻撃を捌くのに難儀していた。
よって、最適解は”相手が何かする前に倒しきる”である。

「しかしまあ、よくこの短期間で順応したものだな。『異能』の覚えもいいし、本番の『バク』退治などしばらくは補助ありのつもりでいたものを」

「あれだけトドメ役やらされれば当然……と言いたいところですけど、自分でもびっくりしてます。この適応力を現実でも発揮できたらなあ、なんて」

現実から考えれば、夢の中とはいえ信じられないようなことを次々こなしている。こなせている。だがかなしいかな、起きている時には全く覚えていないため、現実では元の自分のままだ。

「……まあ、夢は夢さ。とりあえず一人前になったってことで、我々のアジトにご招待といこうじゃないか」

「お、ついにですね」

以前ははぐらかされてしまった他の”囚われた”人たち、メノウの仲間とも顔合わせができるということだ。

「ここから遠くないし、色々説明しながらのんびり歩いてーー」

ばくり。

続きの言葉を発しようとしたメノウの頭部に、獣の顔が重なった。
住宅街の狭い道、家と家の間を通るさらに細い路地から伸びた頭が顎を開き、メノウの首から上を食いちぎっていた。司令塔を失った体が光の粒となって消えていく。

「え……?」

巨体。さきほど倒した「バク」より二まわりは大きいだろう、細い路地のどこに収まっていたのかわからない巨大な身体がのっそりと現れた。
ボリボリと咀嚼する顎から見える牙は凶悪な配列をしており、目は六つあった。

とっさに飛び退って距離を取れたことは僥倖であった。貪欲なその顎は先程まで自分がいた空間を食いちぎっていたのだから。
空振りとなったことに苛立つような唸りが漏れ聴こえる。六つの目が全て私を向いていた。

「っ!」

逃げた。跳躍することも忘れて、ただ走って逃げた。「バク」を一匹倒した程度で調子に乗っていた思考は一切合財雲散霧消した。追ってくる足音に恐怖を感じた。

「夢のくせに! 夢のくせに! 夢のくせにぃ!」

ジグザグと角を曲がって逃げ回り、袋小路にたどり着いたところで跳べばいいことを思い出した。が、踏み切ろうとした足が止まる。

メノウはあれらを「存在自体が害悪」と言った。詳しくはまだ聞けていないが、放置すればこの夢にとってよくないことが起きるのだろう。
あんな大型の「バク」を倒さず放置してしまっていいのだろうか。
メノウが反応すらできずにやられた相手だ。
とはいえただでかいだけではないのか。
メノウに仲間がいるならその人たちが出張ってくるのでは。

一秒、二秒、三秒。

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ここでは小説を書くことを志すナニカ。ラノベ漫画アニメゲームを広く薄く囓っている中途半端なオタクでもある。現在は創作論のようなものを投稿しながら裏で小説の執筆に挑戦している模様