1-7 所詮は夢ですが

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努めて冷静に振り返ると、曲がり角から大型「バク」が現れるところであった。ギョロギョロとせわしなく動いていた六つの目が一斉にこちらを向く。

「ぅぁ……」

その目に獰猛な殺意を感じて、たった今したばかりの決意が挫けそうになる。手に、足に力を込める。

「先手ひっしょおーっ!」

自らを奮い立たせるために叫びながら駆け出す。掌底を構え、恐怖に立ち向かうように真正面から突撃する。

顔面めがけて突っ込んだ勢いそのままに、次の瞬間には石塀に叩きつけられていた。

「っ……がぁっ……!」

前足でいなされたのだと気が付くのに数秒を要した。器用な真似をするものである。
痛い。とても痛い。が、幸か不幸か気を失うほどではない。

(痛くない痛くない痛くない痛くない)

痛みを無視するため、心の中で必死に唱えた。重力に従ってずり落ち、そのまましゃがみ、前方へ転がることで「バク」の牙をかわす。

立ち上がり、振り返りざまに足を路面へ打ち付ける。アスファルトが砕け、いくつかの欠片ができた。
それらを「念動力」で飛ばし、こちらを振り向いた「バク」の顔面へぶつける。ひるんだところを跳躍で接近し、顎を蹴り上げる。

が、その太い首は蹴り上げの衝撃に耐え、逆に振り抜いたこちらの足をガッチリと咥えこんできた。逆さ吊りにされたところから、上体の反動を使った投げを食らって宙を舞う。

「うわあっ!」

高く投げ上げられたことが幸いし、どうにか空中で姿勢を制御し「念動力」で減速して両足で着地できた。噛まれた足首がジクジクと痛んだが、無視だ。

大型「バク」の突進。通常の個体より巨大な身体から繰り出される突進は迫力も段違いだ。当然のごとく威力も段違い、食らうわけにはいかない。
集中を高めて身を翻す。巨体が目の前を通り過ぎていく。かと思えばこちらが体勢を立て直す前に反転し、再度突進を仕掛けてきた。
勢いこそ乗っていないものの鼻先で突き上げるような一撃に再び宙を舞う。

「げほっ、おえ……」

衝撃の余韻に耐えながら、慣性と重力が釣り合ったところを見計らって「念動力」を使って空中で静止し、姿勢を正す。こちらを見ている「バク」の背中めがけて落下し、尻のあたりを踏みつける。
そのまま後方へ距離を取って振り返ると、既に向こうは再びの突進を構えていた。

躱して躱して、ようやくできた隙を狙って一撃を打ち込む。繰り返すうちに攻撃のパターンが見えてきた。
基本は通常の四つ目「バク」と同じ突進攻撃、だが普通に避けても二回くらいは折り返して突っ込んでくる。距離が近いと直接飛びかかって前足で引っ掻いてきたり、噛みついてきたりする。
突進への対処としてはタイミングを合わせて前方斜め上に跳んで避けるのが一番楽だが、体高の問題がある。頭の位置が高いため、下手をすれば足に噛みつかれるのだ。
反撃にしても、胴体が高い位置にあるので地上からは威力の出る蹴りが使いづらい。厄介な話だ。

突き技を主体として着実に、しかし悲しくなるほど少しずつダメージを蓄積させていく。

ダメージの蓄積はこちらにもある。勢いの乗った突進と噛みつきは最優先で避けているが、前足の爪はちょくちょく食らってしまっている。あちこち服が裂け、血が滲み、帽子はどこかその辺へ飛んでいった。

しばらくして、突進の折返しをしてこなくなった。こちらが跳んで避けても首が後を追わなくなった。一撃しか入れられなかった隙が二撃、三撃と入れられるようになっていく。

ひょっとしていけるのでは、と思い始めてからが長かった。
とにかく頑丈だ。突いても蹴っても、一撃や二撃ではほとんど効いている実感がない。動きは徐々に悪くなってきてはいるが、倒れるような気配は見せなかった。

こちらの行動は「身体強化」と「念動力」の組み合わせだ。「異能」は使えば使うだけ疲労が蓄積していく。回避に過度の集中を強いられていることも含めて、既にかなり息が上がっていた。

ギリギリの攻防が続く。

ふと、ほんの一瞬気が緩んだ隙を突かれて距離を詰められた。

「やばっ……!」

目の前に並んだ凶悪な歯列に、思わず足が止まり腕で顔をかばう。がぶりと肘から先を噛みちぎられた。

「がああああああああっ!」

叫んだ。叫んで叫んで叫んだ。痛みを無視するために。それ以上動きを止めないように。

「バク」がボリボリと腕を喰んでいる。六つの目が喜悦に歪んでいるような気がした。
跳び上がってそのにやけた顔を横殴りにしてやる。吐き出された腕の残骸が光になって消えていった。

「ああああああああ!」

蹴る。殴る。蹴る。残った左手と両足で。回避のことは頭から吹き飛んでいた。向こうは向こうでこちらの捨て身の攻撃に怯み、対処できずにいる。
地についている前足の中程を全力で踏みつける。折れた。体勢を崩して下りてきた頭を蹴り上げる。一度浮き上がり、再び下りてきたその横っ面に渾身の回し蹴りを叩き込む。

糸が切れたように吹っ飛んだ「バク」は倒れ、そのまま動かなくなった。

「はあっ、はあっ、はあっ……!」

息を整えながら近付き、ちょうどその足元に転がっていた帽子を拾い、埃を吹いてかぶり直す。

「まったく、とんだ悪夢でしたねぇ。ま、所詮は夢ですが」

あちこち痛かったし、右腕の傷口は今も痛い。正直怖かったし、この欠損が他の傷と同じように治るかどうかも気にはなる。

が、とりあえずはトドメだ。いつ気絶から立ち直らないとも限らない。

「せえー……のっ!」

足を高く振り上げ、全身の体重をかけるようなかかと落としを放つ。過たず命中したその一撃は「バク」の頭部を破壊、しなかった。

「あれ……?」

この期に及んでどれだけ頑丈なのか、ゲシゲシと踏みつけてみても、上に乗って跳び跳ねてみても、一向に砕ける様子はない。どうやら「踏み潰す」イメージではその頭蓋を破壊するのには足りないようだ。

「えーっと、どうすれば……?」

教えてくれるメノウはいない。未だビクビクと動いている「バク」をまさかこのまま放置するわけにもいくまい。

なにか武器はないか。メノウが持っていた仕込杖のようなものがあれば首を切り落とせる。あるいは刃物でなくとも、大きなハンマーかなにかがあればこの石頭も流石に割れるだろう。

「刃物、ハンマー……どこにそんなものがあるっていうんですか」

頭を抱えてさらに考える。

「……あっ」

俯いて路面がよく見えた。このアスファルトに「バク」の方を叩きつければいけるのではないか。それこそ学校の屋上ほど高所から落下させて。

「よーし……むっ」

「念動力」で「バク」の体を操作する。大型な見た目どおり重い。が、持ち上がらない程ではない。
頭を下に向けた状態でゆっくりと持ち上げる。両腕を伸ばし、支えるようなイメージで。身長を越し、石塀の高さを越し、宙へ浮き上がっていく。

「落ち着け……もう少し……」

高度が上がるほど制御が難しくなっていく。右腕の痛みが集中を妨げる。周囲の建物すら越えて空高く浮き上がった「バク」の巨体はだいぶ小さく見えた。

「ここっ!」

十分な高さを稼げたと確信し、また制御の限界を感じて開いていた左手をグッと握る。頭を下にする姿勢の制御のみに力を絞り、浮遊させていた分の力を抜く。「バク」の体が自由落下を始めた。速度が乗ってきたところで今度は下向きに加速する力を加えていく。

「せえぇい!」

両腕を振り下ろすと同時に全力で路面に叩きつける。アスファルトに激突した「バク」の頭部は今度こそ粉々に砕け、残った胴体も光となって消えていった。

「はあっ、はあっ」

戦闘に加え、大質量を「念動力」で操作した疲労が一気に襲ってくる。こらえきれず、またこらえる必要も感じず両膝を折って地面についた。

「……もう出てきませんよね?」

ハッとして周囲を見渡すも、犬の影はない。安堵して項垂れる。
しばらく放心していると、視界が白くぼやけだす。夢の終わりに我知らず天を仰ぎ、両腕を突き上げていた。

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ここでは小説を書くことを志すナニカ。ラノベ漫画アニメゲームを広く薄く囓っている中途半端なオタクでもある。現在は創作論のようなものを投稿しながら裏で小説の執筆に挑戦している模様