1-4 なんだって夢の中でこんな……

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本当にすぐ近くにあった小学校へ移動し、校庭でメノウによる講義が始まった。

「難易度で言えば『念動力』より『身体強化』の方が簡単だし『バク』を倒すのにも有用だ。まずは『身体強化』の方を安定して使えるようにしよう。それから『念動力』の訓練に移る」

応用の前に基礎。当然のごとく、空を飛ぶのはまだ先のようだ。

「人は誰しも多かれ少なかれ身体を動かす際に動く自分の身体をイメージしている。現実なら筋力や運動神経が足枷となるが、夢の中でならイメージの力で上書きできる。それが『身体強化』だ」

「さっきはなんとなくでできましたけど、具体的にはどうすれば発動するんですかね」

「まずは……走れ」

そう言ってまず始めさせられたのは、運動場の周回すなわちランニングであった。

「走ることは全ての運動の基礎だ。漫然と走らず、全身の動かし方を明確に感じ取れ。それができたらそれよりほんの少しずつ早く動く自分をイメージするんだ」

まず普通に走ってみて、身体の動かし方を意識する。腕の振り、脚の運び、体重移動。普段読書ばかりでろくに運動しないくせに、自分で調べて矯正したフォームだけは一丁前だ。
姿勢はそのままに、足の回転が早まるイメージを頭の中に思い浮かべる。足がもつれて転んだ。
腕の振りも合わせて意識してみる。腕に振り回されて転んだ。
今度は体重移動に気をつける。バランスを崩して転んだ。
転んで転んで転んで転んだ。あっちこっちに擦り傷が出来ては消えていく。

「なんだって夢の中でこんな……」

「速度落ちてるぞー」

「これ難しくないですかー?」

屋上の金網を登ったときは自然とできていたはずなのに、意識的にやろうとするとこうも難しいとは。

「慣れだよ、慣れ」

そうやって転びまくって、運動場を何周したかわからなくなったあたりでようやく転ばずに少しだけ早く走れるようになった、気がする。

「はあーっ」

夢の中で初めて疲れらしい疲れを感じて倒れ込む。

「『異能』を使うと疲れるんだ。疲れるってことは使えてる証拠だな」

「疲れましたし、もう飽きてきたんですけど、これいつまでやるんですか?」

「もうちょっと頑張ってほしいかな……ある程度早く走れるようになったら『念動力』の訓練に移ろうか」

格段にやる気が低下していた私に、餌で釣るような提案がもたらされる。まんまと釣られた私はランニングを再開した。
休憩を挟みつつ、最終的には体感で五割増し程度で早く走れるようになった。徒競走最下位常連が一躍全国大会レベルである。まあ夢の中だが。

「イマイチ実感がないというか、練習したから早くなっただけでは? という感じがするんですよね」

「短時間の練習であれだけ早くなればそれはそれですごいと思うがね。まあ『身体強化』の基本はいいだろう。そっちの応用は追々だな」

そうしてお待ちかねの「念動力」だ。
これも最初は小さな石ころを動かすことから始めるらしい。校庭の石を拾ったメノウがヒョイと投げ上げると、石は空中をフワフワと漂った。

「基本的には『身体強化』と同じだが、自分の身体を動かすのと違って物を浮かばせるイメージは掴むのが難しい。まあそこは私という先人がいることをせいぜい活用しようじゃないか」

空中で静止した石に指を差した。

「同じように指を差せ。こっちで動かすから石に合わせて指も動かすんだ」

言われるまま石に指を差すと、メノウの指の動きに合わせて石がゆっくりと動き始める。それを追って指を動かす。
石の動きは規則的な円運動で、最初こそ後追いで指を動かしていたが、しばらくするとピタリと指先に石を捉えたまま動かし続けることができるようになった。

余裕が出てメノウの方を見ると、いつの間にか腕を組んでいた。
それでも動かせるのか、と思ったが、違う。それは「自分はもう動かしていない」という表明だ。

「あっ」

私自身が石を動かしていることに気付いた瞬間、石は地面に落ちた。

「自転車の練習でさ、後ろの支えがなくなってもそれに気付くまでは走れるってことあったろ?」

「あー、親が『支えてる』って言いつつもう離してるやつですね」

つまりはそういう練習方法であるらしい。

縦回転、横回転と軌道を変えながら、”支え”を外すタイミングを変えながら練習は続いた。自力で石を操れる時間は、最初数秒だったのが十秒になり数十秒になり、一分を超えた。

「ふうーっ」

走り回らされているときと違い、超常的な成果が目に見えているのでやる気が落ちない。疲労も心地よかった。

「さて、今夜はそろそろ終わりにしようか」

「えっ、いやまだやれますけど」

興が乗ってきたところでの終了宣言に慌てる。飛行訓練がまだだ。

「やる気があるのは結構なことだが、刻限なものでな」

「刻限?」

校舎の方を見ながら発したメノウの言葉につられて視線を向ける。時計の針はもうすぐ四時を指そうとしていた。

「言っていなかったが、夢の時間は深夜零時から午前四時までだ。君は昨日途中退場したからわからなかっただろうが」

「残り時間は気にしてましたが時計は見てませんでしたね」

長針が動く。午前三時五十九分。機械の類は全て止まっていると思っていたが、時計は動いていたのか。
ということは、例の落下地点から歩き回って「バク」に遭遇し、メノウと出会って今まででちょうど四時間か。長いような、短いような、である。

「心配しなくても明日の晩にはまたここで会うさ」

途中退場だろうと時間切れだろうと、いた場所は記憶されるらしい。便利なことだ。

「はー、空を飛ぶまでいけませんでした。起きてる間にイメージトレーニングとかできませんかね?」

「ははは、覚えてないから何もできんよ」

それもそうか。

「焦ることはない。なにしろ徹夜でもしなけりゃこの夢は強制的に毎晩見てしまうからな」

「まさしく”囚われている”わけですか。じゃあまた明日、ですね」

「そうだな、また明日」

時計の針が午前四時を指す。とくにチャイムなどは鳴らない。
急激に意識が混濁し、視界に映る景色が白んでいく。そばにいるはずのメノウまでが見えなくなり、全てが光の奔流の中に流されていく。
そうして私は目覚めの時を迎えた、のだろう。

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ここでは小説を書くことを志すナニカ。ラノベ漫画アニメゲームを広く薄く囓っている中途半端なオタクでもある。現在は創作論のようなものを投稿しながら裏で小説の執筆に挑戦している模様