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9. 先行文献研究:ジオキャッシング:無名の人々がゲームを通じて発掘・拡張する観光価値(倉田陽平、2012年)|内田悠貴

<先行研究内容>
1. 現実空間に重ねられたフィールド
 ジオキャッシングは一言で言うと、宝探しゲームの進化版である。ある参加者がどこかにジオキャッシュと呼ばれる秘密の小箱を隠す。そしてその場所の情報をインターネット上の公式サイトに登録する。すると、その情報を見た他の参加者が現地を訪れ、その小箱を捜し出そうとする。隠し場所は、石垣の間、木の根元、パイプの中、植栽の中など,実にさまざまだ。小箱のサイズはタッパーサイズのものから豆粒大のものまで様々である。時には箱ではなく、木の根っこや岩石、スイッチボックスやポールなど、何かに偽装していることもある。そして小箱の中には発見者の名を書き残すログシートが入っている。また、タッパーサイズのものであれば何か「宝」が入っている。

2. 遊び方
 ジオキャッシングに興味を持ったら,まずは公式サイトGeocaching.comにアクセスしてみよう。トップページの中程に検索窓があるので、そこに好きな地名を入れてみる(日本語可)。すると、その地域にあるキャッシュの一覧が表示される。引き続き「Map this location」というボタンを押せば。その地域にあるジオキャッシュが地図上に表示されるはずだ。
 地図上に表示された個々のジオキャッシュアイコンをクリックすると、簡単な説明がポップアップで表示される。さらにそれをクリックすると、詳細な情報が別ウインドウに表示される。この中には、宝探しのガイドに加えて、地理・歴史に関するちょっとしたうんちくや、その界隈の散策に役立つ情報が書かれていることが多い。

3. 宝箱のありか
 本先行研究の筆者は「ジオキャッシュの設置者は、他人に紹介したいと思うような風光明媚な場所、あるいは何らかのゆかりのある場所を設置場所に選ぶ傾向にある」というO’Hara, K.の指摘から、もしこれが事実なのであれば、個々のジオキャッシュには地域の隠れた観光名所を発掘し、広く知らせるような効果が期待できる。
 本先行研究では、このことを検証するため、日本国内のジオキャッシュ1000個を無作為抽出し、それらがどのような場所に置かれているのかを調査した。
 最も多かった設置場所は公園・緑地(20.5%)であった。出入りが自由で、公共性が高く、なおかつ人目が少ないため、好まれているのだろう。
 寺社仏閣(10.8%)、史跡・碑(10.3%)も人気の高い設置場所であった。これらは地域とゆかりが深く、歴史や伝承を伴っている。それゆえ、これらのキャッシュの案内文中には、ほとんどの場合で、そういった歴史や伝承の紹介が見られた。
 観光の観点から言うと、どの場所が観光資源に該当するかを断定するのは難しいが、先の寺社・仏閣(10.8%)、史跡・碑(10.3%)に加え、viewspot(3.5%)、自然景勝(3.4%)、博物館などの見学施設(2.7%)、タワーや路上アートなどのモニュメント(2.3%)は観光資源性が高いと考えられる。合計では32.8%を占める。さらに、公園・緑地をはじめ他のカテゴリのものも、見所案内が記されているものが多数見られた。全体を通してみると、78.0%のジオキャッシュがその案内文中に何らかの見所案内を含んでいた。このことから。多くの場合、ジオキャッシュの設置には、その場所を紹介する意図が含まれていることがわかる。
 本先行研究の時点では、日本国内におけるジオキャッシュの密度分布は、関東地方と甲信越平野部・愛知県・大阪周辺、そして沖縄本島にジオキャッシュが多数分布していることがわかる。県別で見ると、1位が愛知県(1850個)、2位が東京都(1497個)、3位が神奈川県(883個)であり、以下、千葉県(736個)、沖縄県(734個)、茨城県(567個)、大阪府(476個)、埼玉県(398個)、栃木県(378個)、京都府(286個)と続く。

4. ジオキャッシングによる誘客
 ゲームのしくみを利用して,ある行為へと人を動機づけることをゲーミフィケーションと言う。例えば、航空会社は顧客が一年間に利用した距離や回数に応じてシルバーやゴールドといった会員ステータスを提供している。これに刺激されて一部の人々は、まるでRPGのレベル上げをするがごとく、空の旅に勤しんでいる。ゲーミフィケーションは消費者のロイヤリティ維持・向上に有効な手段として注目を集め始めている。
 観光におけるゲーミフィケーションは、スタンプラリーや謎解きゲームとして昔から存在した。近年では、スマートフォンの普及に伴い、位置情報を使ったゲームが浸透し、地域への誘客に貢献している事例が見られる。北米では実在店舗の常連ステータスを競い合うというゲーム的SNS「foursquare」が商業的な成功をおさめている。
 伊豆諸島にある式根島(東京都新島村)では、ジオキャッシングによって観光客を誘客しようという先駆的な試みが行われている。その中心にあるのは、島の商工会が毎年開催している「CITO(Cache In, Trash Out)イベント」である。これは、来島したジオキャッシング愛好家と島の子供たちとが一緒になり、宝探しを楽しみながら同時にゴミ拾いを行う、というイベントである。これにより、島の名が島外に広がり、愛好家によってジオキャッシュが島内に設置され、島民のジオキャッシングへの理解が進んだ。
 島にジオキャッシングを導入する利点の一つは、ジオキャッシングというシステムが「無人の観光ガイド」として機能する点である。すなわち利用者は自らジオキャッシュ設置点を巡っていくことで、自動的に島の名所を巡ることとなる。もう1つの大きな利点は、たとえば石碑や古井戸のように観光価値の乏しいものでも、そこに「宝探し」という冒険的魅力が加わることで、来訪価値が向上し、さらには来客の滞在時間の増加も期待できるようになることである。
 ジオキャッシングが他の観光誘客のためのゲームと異なるのは,ゲームが不特定多数の参加者によって作られているという点である。ジオキャッシングでは,無名の参加者がゲーム要素(ジオキャッシュ)を増加させ続けていく上に、ゲーム内容(ジオキャッシュの隠し方)も日々進化を遂げている。

5. では、ジオキャッシングだけなのか?
 ジオキャッシングのようなゲームは、他にも無数に存在しているのかも知れない。たとえばCisteと呼ばれるフランス生まれの宝探しゲームがあり、既に日本に上陸している。
 確実に言えることは、位置センサーと通信機能を搭載したスマートフォンが普及した今日、現実世界の上にゲームを重畳することは驚くほど簡単になっている、という現実である。そして、ジオキャッシングはその現実の中で開花したゲームの一例に過ぎない。
 別にゲームは1つだけでなくても構わない。今後、第二、第三のジオキャッシング的なものが登場し、それぞれのゲームがそれぞれのコミュニティ構成員を魅了しながら、結果としてより多くの人々が自宅やオフィスを飛び出し、各地を盛んに飛び回り、ゲームを通して各地の魅力を次々と発見する時代が来ることを本先行研究の筆者は願って止まない。

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