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思うこと334

 プレリク抽選という先行抽選的なもので見事当選していた5月のSEVENTEENドームツアーだが、今日中止のお知らせが来た。私が行くのは5/28の京セラドームの予定だったので、時期的にもそろそろやるかどうか微妙だな…、とソワソワしていた矢先である。
 ちなみにSEVENTEENとは韓国の13人組の男性アイドルグループで、メンバーの中に作曲をこなす逸材がおり、他メンバーが作詞、振付を考えるなど、セルフで色々やれる若者たち。2015年のデビューからもう五年が経ち、新人枠でもなくなってきたので若干最近はベテラングループっぽい雰囲気も出し始めてはいるが、私が注目し出して約三年、まだまだ彼らには楽しませて頂いている。
 しかし私は基本的にケチなのでファンクラブに入ることもせず、気まぐれにコンサートに応募したところ今回のように当選したこと二回。どちらも素晴らしかったし、二回目の参戦ではしっかり専用のペンライトも買った。今回はついにその三回目、そして彼らにとって念願のドームツアーになるわけだったが、まあ仕方が無い。とにかくメンバー、そしてお客さん(あとファンのことは"カラット"と言う)の健康が大事だ。

 ところでつい最近SEVENTEENが日本語でリリースした『舞い落ちる花びら(Fallin' Flower)』は花が散る切なさを人生の儚さに例えたような、何か物悲しくもしみじみする曲。ダンスはコンテンポラリーっぽいっていうかクリエイティブ感に満ちていて、相変わらずPVよりも固定カメラでダンスを映した映像ばかり見てしまう。(全員ダンスが上手いのでびっくりするよ!)
 韓国アイドルが頑張って日本語で歌っているよ、という試みは昨今では珍しくないのだが、私はあまりその試みに対する魅力がよく分からないというか、本人たちの歌いやすい言葉で歌ってくれ…、と思ってしまうし、歌詞も何だか「ざっくり訳したのかな?」「日本人はチェックしたのかな?」
というような出来のものが多いように思う。(他のグループでも)。
 そういうわけでとにかく日本語曲にはテンションが上がらなかった私だが、今回はちょっとグッときたフレーズがあり、いつもより熱心に聞いている。それが、「僕らは最初で最後の今を生きているんだよ」という部分。バーノンくんという米韓のハーフ青年が歌うパートなのだが、この刹那感がとても良い。しかも、歌っているのは今を全力で生きるアイドルグループ。しかしその栄光こそ最初で最後、唯一無二。その(地球規模で考えれば)一瞬の輝きを見届けることができた我々は本当に幸せだ…、と目頭が熱くなる。

 遡ること10年前(!)、AKB48の『ポニーテールとシュシュ』のPVをリアルタイムで試聴した時も同じように思った。それは曲後半になって、夕焼けの海にメンバーの影が映る部分で、サビなのでご存知の方も多いと思われる。

ポニーテール(ほどかないで)変わらずに
君は君で(僕は僕で)走るだけ
ポニーテール(ほどかないで)いつまでも
はしゃいでいる 君は少女のままで

これは!!!! と当時の私は衝撃を受けた。あの頃AKB48はまずまず好きだったが、秋元康の歌詞はそこまで…、という感じで、むしろあのオジサンが今風の若者の心情をリアルに描いているという点で、ちょっと薄気味悪くすら思っていた。今も別に本人のことはそんなに好きでもないのだが、この歌詞は最強のフレーズだと今でも思う。
 しかもPVでは去っていく思い出を微笑ましいようで惜しくも思うように見送る影のカット。アイドルとしてのこの輝きは、今この瞬間に過去となり、ただの美しい思い出となる。だけど"僕"は歩き出さないといけないし、アイドルだった君たちも新しい人生を生きていく。でもあのキラキラした少女とそれに魅了された"僕"だけは、思い出という時間軸の中で、スノードームみたいにいつまでも……、的な感じ。

 どんな人間の人生だってほんの一瞬の灯火みたいなものだが、アイドルというのは極めて明るい部分が異常なまでに明るく見えるせいか、笑顔を振りまき、笑顔にしてくれる裏腹、「いつかはいなくなるもの」であると言った切なさと隣り合わせであると思う。しかしながら花は散る所まで美しいのだ…、と、話がとても逸れてしまった。

 そんなわけで今後もSEVENTEENの輝きを見届けるためにも、ちゃんと元気に生きなければ。


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知的欲求を古本屋や図書館で満たすケチ女。ドケチのきりちゃん。 写真を撮ったり、戯曲を書いたりもしています。安部公房と南米文学の虜。
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