【短編】美学

 私はプロだ。仕事に誇りと、愛を持っている。
最初はガムシャラだった。初仕事は何事もうまくいかず、手こずった。ありとあらゆることを試して、今の方法に至った。

 今日も万事快調。下調べは何か月も前から。仕事当日は一瞬で終わるが、プランにかける時間は膨大だ。失敗は許されないし、莫大な重圧がかかる。
 そのストレスを少しでも緩和しようと、私は決まった音楽をかける。お気に入りは「誰も寝てはならぬ」だ。定番中の定番だが気分が高揚するので良しとする。

 誰も寝てはならぬ。誰も私の名前を知らない。口を閉ざしたまま、ゆっくりと、永遠の眠りにつく。夜が明ける前に私は去る。



 今日のターゲットは目立たない、大人しそうな青年だった。行動は把握している。変わり映えのしない一日。起きて、仕事に出かけ、帰って、寝る。ただそれだけを繰り返す青年がこれまたどうして、と疑問が脳裏によぎるが、余計なことは詮索しなかった。

 私の仕事が始まる。

この日は特に順調で、先述の曲がサビに行くまでに片付いてしまった。少し時間がある。イヤホンから奏でられる音量を上げる。声を出さずに歌う。まるで有名なテノール歌手のように。

 証拠になるものをすべて取り除き、鍵をかける。密室の完成。と同時に曲終わりの拍手と歓声。

 気分よく帰宅する。酒は飲まない。仕事が鈍るからだ。私は仕事を愛している。それゆえこだわりがある。それすらも愛している。

 






 ―すみません。隣の事件で少しお話が。

―あぁ。あれは絶対に他殺だと思います。普段彼は音楽なんて聴かないから静かだったのに、その日はなんだか音が聴こえてきて。なんだったかな、クラシックかオペラか何かだったから。

―貴重なお話をありがとうございます。

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