ピアノの鍵盤は見たことがある_2019123017320000

第29.7回 【補講】旋法の調号をどうやって書く?

📚[📖楽典]旋法、臨時記号
📚[🖋記譜法]五線譜(調号)、バロック時代記譜法、現代音楽記譜法、4/4拍子の略記
📚[🧩様式論]旋法

 たとえば、ト長調はGが主音(ⅰ度)になるから「シ」の音(ⅶ度)はF♯になる。つまり♯が1つ付く調号っていうことなんだけど、G音が主音になる長調系の教会旋法にはト長調と同じGイオニアンのほかにGリディアンとGミクソリディアンがあるよね。
 この図は覚えているかな?

図表_16_06

 Gリディアンはひとまず置いといて、ト長調とGミクソリディアンの音階の違いを第29回で勉強した機能ドで書くと、こんな感じになるんだけど…、

ピアノの鍵盤_29_72

ピアノの鍵盤_29_73

 つまりFの音に♯が付くか付かないか、という違いがあるんだよね。
 じゃあ、Gミクソリディアンの曲を書くとき、調号はどうすればいいと思うかな。
 こんな話を今回はしていこうと思うよ。

 Gの音が主音の長調系なんだからト長調と同じように♯を1つ書くのがわかりやすい、という考えの人は多いと思うんだ。調の性質のことを「調性(ちょうせい)」って言うんだけど、現代は長調か短調のどちらの調性であるのかという考え方が一般的だし、主音がGになるならばト長調と同じだと考えたほうが理解はしやすいのも確かだよ。

 でも、もともとGリディアン旋法は黒鍵のない時代に生まれた7つの音階のうちのひとつで、だからそういう背景を考えると、調号は付けないほうが正しいのではという見方もできるんだ。

 それでは、Gリディアンの場合はどうなんだろう。

ピアノの鍵盤_29_74

 Gリディアン旋法の音階はCの音に♯が付くけど、Fの音には♯が付かない。こんな調号は一般の楽理には無いんだ。
 だからやっぱりト長調と同じとして扱うか、紛らわしいから調号は書かないでおくという書き方がふつうはされているよ。

 でも、あくまでも「一般の楽理には無い」というだけであって、そういう調号を作ってはいけないということではないんだ。
 もし「この曲はGリディアン旋法で、Cの音が半音上がるということを印象付けておきたい」と思うならば、Cにだけ♯の付いた調号を書くという方法もあることはあるんだ。

 こうした、一般的な記譜法からははずれる独自の書き方を「現代音楽記譜法(げんだいおんがくきふほう)」なんて言ったりするよ。
 一般的な記譜法からははずれているから、調号の一番右にある♯や♭からシの音やファの音を探すという第28回で紹介した方法も使えないね。

 ところで、「現代音楽」とは言うけど、教会旋法は今の記譜法が定着するよりも昔に誕生したものだし、だから決して新しい書き方というわけでもないんだ。
 調号の書き方も、時代とともに色々変化してきたもので、たとえば今はト音譜表のト長調ならば第5線に♯を書くけれど、時代や地域によってはこんな楽譜みたいに、第1間にも書かれたこともあったんだ。もっとも、これは僕が書いた譜例だけどね。

譜例_29_76

 このほかにも、調号を書かずに、♯や♭を毎回書いていく記譜法も珍しくなくて、特に一部の電子音楽の世界では今でも日常的に行われていたりするよ。
 そして、調号以外で使われる♯や♭のことを「臨時記号(りんじきごう)」と呼ぶんだ。このことも覚えておいてね。

 旋法と言えば、たとえばこんな話もあるね。
 バロック時代を代表する音楽家のヨハン・セバスチャン・バッハさんには『トッカータとフーガ』と呼ばれる曲が何曲かあるんだけど、そのうち「BWV 538」と作品番号の付けられた曲には「ドリア調」という呼び名もあるんだ。

譜例_29_77

 音部記号の次に書かれている「C」は「4/4拍子」という意味だよ。調号は無いけれども、D音が主音になっていてC音に♯が付いているよね。楽曲分析はまだむずかしいかもしれないけど、こうしたことから、この曲はニ短調が使われていることがわかるんだ。
 この曲が書かれた時代の記譜法では、調号は書かなければならないものではなくて、この楽譜では省略されていたんだけど、そのためにドリアン旋法の曲と思われた時期があったんだ。
 もちろん楽曲の構造としてはニ短調だし、だから今では『トッカータとフーガ ニ短調』と呼ばれているんだけど、バッハさんが書いたと言われていて「トッカータとフーガ ニ短調」と呼ばれる曲にはもう1曲あって、そっちの曲のほうが有名だから、区別をするために今でもこの曲は「ドリア調」という愛称で呼ばれることが多いよ。

 僕の音楽教室で勉強をしてきてくれているみんなは、旋法には教会旋法のほかにも五音音階や全音音階といったものがあることを知っていると思うけど、旋法はほかにも無数にあって、自分で作ることもできるんだ。
 第18回で音律も勉強したし、勘のいい人の中には特殊な音律を作れば12個の鍵盤の音にこだわらない音階だって作れるんじゃないかって考えている人もいるかもしれないね。その通りなんだ。
 そういう音楽になってくると、もう今の一般的な記譜法では表現しきれないし、だから調号の書き方もいろんなものが生み出されていくと思うよ。
そして、その中には、やっぱり五線譜というものが一般的だからということで五線譜に落とし込んで書いて、バッハさんのようなことになる曲もあるかもしれないね。

 さて、バッハさんの曲のところで「楽曲の構造」という話が出てきたけれども、次回はこうした構造や様式論について、少し始めていこうと思うよ。

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