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明日学校休んでいい?

「ねえ、明日学校休んでもいい?」
学校から帰った娘が、しかめっ面で言う。

この人何言ってんの?
熱もないのに学校休むって?

「いいんじゃない? 休みんだら?」
私が口を開くより先に夫に言われてしまった。

娘によると、数日前から毎日夕方になると頭痛がするのだそうだ。そして、今も、現在進行形で痛いらしい。
「寝たら治ると思うから、明日は学校を休んで1日寝てるから」

頭痛薬を飲んだら我慢できるんじゃないの?
それ、スマホの見過ぎなんじゃない?
いや、チョコの食べ過ぎなんでは?
学校の授業に遅れないの?
友達との話についていけなくならないの?
休み癖がつかないの?
え、ママが学校に休みの電話するの、めんどくさいんだけど!

娘にぶつけたい言葉が、つぎつぎと浮かんでくる。

風邪でもなく、ましてインフルエンザでもなく、ちょっと夕方頭が痛いくらいで学校を休むことについて、かなりモヤモヤするが、夫がGOサインを出してしまったので、「じゃあ、そうしなよ」とだけ言い、それ以外の言葉を全部グッと飲み込んだ。

夕食を片付けて、日課のウォーキングに行く。
歩きながらつらつらと考えた。

私も、高校生の頃、胃が痛くなって時々学校を休んでいた。
朝起きると胃が痛いのだ。
学校には行かなければならないと、無理に起き出して、母に学校まで車で送ってもらったけれど、「やっぱり行けない」と、校門の前でUターンして帰った日もあった。

別に学校が嫌いでもなんでもなかった。
ただ、「行かなければならない」と思っていた。
部活もしてなかったから、顔を合わすのはクラスの同級生だけ。その同級生たちと仲が悪いとかそういうのでもなかった。勉強だって、それなりについていけてたし。

でも、なんとなく見えないプレッシャーを感じていた。
親や教師の期待、自分が自分に感じる期待。
学校と予備校と自宅を往復するだけの毎日。一向に深まらない友人関係。
注目して欲しいのに、「すごいね」って褒められたいのに、その要素がまるでなかった。地味で、小太りで、少女漫画の主人公の親友役みたいなポジションしか見つけられなかった。

そういうこと全部が、「胃が痛い」という症状になって現れていたのかもしれない。
不思議と、1日学校を休むと胃炎は治って、また次の日から学校に行けた。

高校3年になって、好きな人ができた。彼を必死で追いかけた。
それから、一緒にいて楽しいと思える友人たちに出会った。友人たちの部活の部室に、部員でもないのに入り浸った。そこはまるで秘密基地のようで、私の居場所になった。
学校に行くのが楽しくなった。
気がつけば、胃が痛くて学校を休むことはなくなっていた。

きっと娘には、学校に本当に居場所がないのかもしれない。
毎日、それなりに勉強して、部活して、塾に通って、ピアノ弾いて。
好きなことをと言うよりは、やらねばならないことばかりが詰まった学校生活。
我を忘れて、周りの声が聞こえなくなるほど没頭できるものに、まだ出会ってないのだろう。しんどいんだろうな。
高校時代の私と同じように、それが身体症状になって現れているのかもしれない。
だったら、大丈夫。
1日まるまる休んだら。きっと明日には学校に行くだろう。

「子供にも有給休暇があっていいよなあ」
夫が呟く。
そうだよな。
大人の労働者は法律で、理由なく休んでいい「有給休暇」を取っていいことになっている。働き方改革のおかげで、これからは「5日は絶対休むこと!」なんて決めてくれるらしい。
だから「この仕事が終わったら、休んで旅行に行こう!」とか「今日は、どうしても行く気がしないから、休む!」って言える。
なのに子供は「週末も試験続き、部活の試合続きで疲れたな」と思っても、学校の授業を理由なく休めない。
いや、休んでもいいんだけど、休んじゃいけない雰囲気がある。
私が娘に思ったみたいに「風邪でもないのに、休むの?」と、社会から思われている。

でも、子供だって休んでいいのだ。
むしろ夫が言うように、学校、部活、塾と恐ろしく忙しい子供にこそ「有給休暇(有給っておかしいけど)」をあげてもいいじゃないか。
若いから大丈夫って、本当?
大人でも子供でも、リフレッシュは大事だ。
心身が疲れたままで、最高のパフォーマンスはできない。
睡眠だけじゃ回復しないものってあると思うから。

翌朝、予定どおり娘は学校を休んだ。
前夜の宣言通り、娘は起きてもこないので、朝ごはんを用意し、昼食用のお弁当を作って、LINEを送る。
「朝ごはんと昼ごはんを作ってあるので、適当に食べて」
すると、娘の部屋から物音がする。ほどなくして、娘がリビングにやってきた。「朝ごはん食べる」と。
新聞を読みながら、朝ごはんを食べる私の横で、娘も食べる。
そそくさとパジャマを洋服に着替えたら、また自分の部屋に引っ込んだ。
いやいやながら、学校に休むと連絡する。案の定、
「熱はありませんか?」
と、食い気味に聞かれて、
「いえ、ね、熱はありませんが、大事を取って休ませます。では!!」
向こうの「お大事に」と言い終わる前に早々に電話を切る。ふう。

夕方、帰ると元気そうな娘の顔があった。
「自分の部屋が寒かったから、リビングでドラマ見てたー」
「なんのドラマ?」
「『偽装不倫』ひおくんがかっこよかった」
親がいない間に、また、なんちゅうシュールなタイトルのドラマを見てたんだか。ひおくんって、ああ、宮沢氷魚くんか。
「ひおくん、お父さんによく似てるよね」
「え、そうなん?」
娘にはわかんないか。
THE BOOMもひおくんのお父さんの宮沢和史も。

いつもどおりの会話ができるってことは、もう大丈夫。

「いってきまーす!」
「はい、いってらっしゃい」
機嫌のよい娘を送り出したのが、1時間前。

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