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自分色を見つけた

「あなたは『秋色』が似合うのよ」
学生のころから母にそう言われて育った。

確かに、色黒だし、肌の血色がよくないほうだ。
顔も、平安時代なら美人だったかもしれないが、残念ながら今は21世紀。丸に目鼻が乗っかっただけの顔はどうしようもない。
子供のころから、ファッションには、とんと疎かった。
一方、母は若いころ洋裁を習っていたし、娘である私や妹に自作の子供服を着せるのを趣味にしていて、神社の秋祭りには仕立てた着物を、お盆の阿波おどりには浴衣を作って着せてくれていた。今も、趣味は洋服売り場をうろつくことだし、70歳を前にして、これから袖を通す予定の服がクローゼットで順番を待っているというから、洋服やおしゃれが相当好きなのだろう。
その母が「秋色が似合う」というのなら、それが正解なのだと思っていた。だから、母が選んできた洋服をなんの疑いもなく着ていた。

十数年ほど前、デパートの洋服売り場をぶらぶらしていた時のことだ。
売り場のエスカレーター乗り場のそばに、見慣れない小さなテーブルが置かれていた。テーブルには、胸から上が映るくらいの大きさの鏡と、色とりどりの布の束。気になってまじまじと見ていると、
「カラー診断いかがですか?」
テーブルのそばに立っていた女性に声をかけられた。
よく見ると、テーブルのわきに「無料カラー診断」と看板が付いていた。

無料ならばと、興味本位で受けてみることにした。
椅子に腰かけ、鏡の前に座ると、声をかけてくれた女性が、色とりどりの布の束を手に持って、私の後ろに立つ。
そして、いろんな濃さの赤、青、黄色の布を取り出しては、私の顔の下に当てた。
血のような赤、熟成した赤ワインのような赤、黄色みかかった赤、赤色にもいろんな赤があった。同じように、青も、晴れた空のような青、夜のような青、水色に近い青と様々。白だって、黄色みのある白から雪のような真っ白まで。
それを一つ一つ私の顔に当てていく。
しばらく、いろんな色を試してみて、女性が言った。
「あなたは、『冬の色』が似合いますね」
何十年と私は母から「秋色」が似合うと言われ続けてきたはず。今も、くすんだ黄色のシャツを着ている。
「ずっと『秋色』が似合うと思ってました」
女性に言うと、
「秋色は逆に苦手な色だと思いますよ」
そう言って「秋色」と言われる、今自分が着ているようなくすんだ黄色や、黄色みかかった赤、茶系の布を私に当てた。
「これが秋色です。見ててくださいね」
次に彼女が取り出して私に当てたのは、クリスマスカラーの赤、ロイヤルブルー、漆黒、紺、グレー。
「これが冬色です」
一目瞭然だった。
前者より後者のほうが断然よかった。
面白いことに、秋色を当てた時より、冬色を当てたほうが、顔の輪郭がはっきりして、肌の色がより白く、顔の表情までハツラツとして見えるのだ。

ふと、自分のクローゼットのワードローブを思い浮かべてみた。
自分で洋服を買うとき、私が気に入って買う洋服の色は、紺、グレー、黒、白、クリスマスのような赤、緑。ヘビロテで着る服たち。
母の勧めで買った色の服が、ちらほらある。そしてそれにはあまり袖を通していない。
気づかないうちに、自分で自分に似合う色の洋服を選んでいたようだ。

そういえば母は、秋色の服を好んで買う。そしてそれがよく似合っている。
もしかすると、母は娘に自分の気に入った色の服を着てほしかったのかもしれない。無意識に、自分の理想に私を当てはめようとしていたのかもしれない。

それまで、自分より人生経験の長い母の言葉が世の中の正義だと思っていた。自分の言動に自信がなくて、一つ一つを母に採点してもらっていた。
でも、あの時、どんなに長く自分と付き合ってきた親でも、間違った判断を下していることがあるのだと悟った。
今考えると、あれが母離れの第一歩だった気がする。

自分のことは、自分が一番よく分かっていたという事実を目の当たりにして、自分に対する評価が少し上がった。

それから、母の「似合うよ」発言には、安易に従わないことにした。自分が納得して、自分が「いい」と思うものだけを買うようにした。
洋服以外のことでも、母の意見をうのみにすることが、次第に少なくなった。
今じゃすっかり、私のワードローブは冬色オンリー。
ライフスタイルも自分仕様。
そう、これが私の色。

実は、私も娘に着てもらいたい服がある。
ティーン向けの雑誌に出てくるようなキュートな印象の洋服。だけど、娘は、フリルたっぷりのロリータ系の服やその対極にある、ユニークなキャラクターがプリントされたTシャツを好んで着る。
「ママの選んだ服がカワイイよ」
と、つい口にしてしまいそうになって、おっといけないと反省することもある。幸い娘は私がなんと言おうと確固たる自分のスタイルを貫く。
それでいい。
自分の色は、自分が一番よく知っているのだから。

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