あの音を目指して
季節も定かではない20年前のある日、
当時5歳の私は人生で初めて東京の地にいた。
今となってはどこに行き何をしたかも思い出せない。
そんな中でも一つだけ、今も忘れられない『音』がある。
環状に東京を巡るそれは東京の大動脈と言っていい、
そう、「山手線」だ。
東京に長く住む人から見ればなんてことはない当たり前。
しかし、初めて東京に来た5歳の少年にとっては違った。
その大動脈の鼓動は少年の人生を大きく変える。
初めて耳にした音だった、
無機質な鉄の塊が勇猛な音を立てて走り去る、
その勇猛な音は耳に残り続けた。
田舎出身だが、電車くらいは走っている。
しかし、同じ電車に耳を済ませても、東京で聴いたその『音』はそのどれからも聞こえない。
人でごったがえす東京の雑踏や喧騒をかき消して進む初めての音が忘れられず少年は東京を目指した。
「あの日聴いた電車の音みたいにまだ知らないことが東京にはある」と。
ビジネスマンとして都内を歩き回るようになった今もその音は特別だ。
聴く度に当時を思い出し、背筋が伸びる。
色々理屈を捏ねて東京に出てきたが、結局東京を実感させてくれるのは山手線が出すあの『音』だけだ。
くだらない原動力かもしれないが、それでも今日まで自分は突き動かされている。
あの『音』のような新しいなにかを目指して。
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