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2度もTwitterを始め2度もTwitterをやめた話

ちょっと前に、「noteはTwitterでレスバトル(口論・討論・炎上)を見たりしてたのに疲れて来た人が多いという印象がある」という話を聞いた。
あくまで個人の印象の話なので、もはやインターネットなんてどこ行ったって燃料と着火剤と必要な発火点さえあれば燃えてしまうのだから、noteだって可能性がないとは言い切れないと思うのだが・・・。

さて、私は分散型ソーシャルネットワークサービス「マストドン」を2年くらい前から使っている。後述するがTwitterの運営に対し不信感を抱き始め、「Twitterに代わるSNSを!」といくつか探していた頃にこれを見つけ、いくつかマストドン内部のサーバー(インスタンス)を巡り歩き、今に至る。

その間に、去年(2019年)の春頃、それまで高校生の頃から恐らく4年はやっていたであろうTwitterのアカウントを削除したのである。理由は一言で言えば、Twitterの雰囲気が気に入らなくなり、ついでに人間関係のリセットをしたかったといえば理解が及ぶだろう。
当時は気に入らない人間は鳴かぬならば殺してしまえとばかりにすぐにフォローを外したりブロックする癖が付いており、ひとりひとり外すのももはや億劫になっていた。そうでなくとも、幾度と起こる運営の「凍結騒ぎ」にも怯える毎日であった。
向こうから変わらないのなら、こちらから身を引けばいいだけなのである。

だが同年の秋頃、再びTwitterを再開する機運が高まったのである。その理由は、「コスプレイベント行ったら靴を間違えられたので探すためにアカウントを復活させた」というものである。
コスプレイベントなんて行って靴を間違えられる場なんて、コスプレイヤーが使う更衣室以外なく、ならばと思いコスプレイヤーのフォロワーを増やすべく獅子奮迅していたら、そこそこの規模(確かフォロワー400人前後?)になっていったのである。もちろん、Twitterで関係を持つ人間はコスプレ関係の人間だけではなく、Railsim(3D鉄道シミュレーター)関係のユーザーとも再び関わりが生まれたのである。

だが2020年に入り、再び状況が悪化したのである。語るまでもないコロナ禍である。社会情勢の悪化は即時Twitterに影響し、タイムラインには無限の「早期収束を願います」「収束したらみんなで〇〇しましょう」である。そんな願い事言ったところで何になるのか、どうして楽観的にしていられるのか全く理解できない。

コロナ禍が仮に収束したとしても、Twitterという壊れた願望機は既に人間の負の感情で動いており、凄惨な場と化している。
気がつけばツイフェミという新しい種族が大暴れしてあらゆるコンテンツを揺るがし続け、気に入らないモノがある人間がそれに対し肉食動物の如く噛みつきにかかる様が散見される。
あるいは、「他人がバズっている(リツイートやいいねがすごい勢いで多数付くこと、悪い言い方をすると炎上)のが羨ましい」「あいつのほうがフォロワーやいいねの数が多くて羨ましい」と嫉妬に溺れる人間、今日の政治社会の状況をひたすらに批判する者、「>注意喚起<」とでかでかと掲げ、悪事を働いた者を「ネット私刑」に処す者、うそをうそと見抜けない者など、そしてこれらはフォローする相手を絞っても延々リツイートで流れてきて見ていられないのである。
「他者や多様性を認めよう」という価値観は死に絶え、嫉妬に狂う人間は永久に嫉妬していることを受け入れられず、インターネットで政治社会を批判したところで七夕祭りの短冊であってもそれを叶えることは出来ない。
100歩譲ってどんな場所に行ったとしてもそういう人間は居るとは思うが、Twitterにはそれがあまりにも多すぎるのである。

少し話が逸れるが、どうもこの頃Twitterではバズってなんぼという印象と、情報の格差が顕れている印象があるのだ。その結果、「Twitterでバズっているのでやってみた、買ってみた、食べてみた」という人は後を絶たず、Twitterをやっていないと分からない情報や資料は平気で流れ、挙句の果てには、ソーシャルゲームの運営アカウントが「このツイートが3万リツイートされたら聖晶石を配布します!」といったあからさまなバズり狙いのリツイートキャンペーン(尤も、公式アカウントなのだからバズらないと困るのだが)、「次のメンテナンスは次の月曜日です!」はともかく「その内容はこちらになります!」など、それは書くべき場所が間違っていないかと思わざるを得ない事象を多く聞くのである。
幸い、Twitterのハッシュタグ検索や非公開でない各アカウントはアカウントが無くとも閲覧が可能なため(但し、リプライ付きのツイートやメディア欄等はアカウントが無いと見れない)、情報収集の格差は個人の努力次第で是正されるものと考える。

だが、とっくに悲観主義をこじらせた捻くれ者の自分には、これらの環境は二度と改善されることはあり得ないと、Twitterを公園の池と例えるならば、池の水を全部抜いても良い方向には進まないと思ったわけなのである。

というわけで、そんな汚染された池に居られまいと今年(2020年)初夏くらいに再びTwitterアカウントを削除したのである。結局探していた靴は見つからなかったが、安物だったので別に買い直せば問題なかった。
それ以降はインターネット上での人間関係はマストドンでのみ構築するようになり、今では完全にTwitterアンチである。流石に2度もアカウントを消しては、流石に3度目のアカウント作成には前向きにはなれない。

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フリーの3D鉄道シミュレーター「Railsim」関係の備忘録・雑多な小ネタ書き留めブログ。 その他、艦これ・FGO・コスプレイヤーもやってます。
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