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守りたい場所の記録

今月で閉店という本屋の前に写真を撮る人たちがいた。スマホを横に縦に、少し離れては掲げられた看板が入るように、撮影した写真を確認する。画面だけでなく、自分の心に映し出してから、ガラス戸を押して店内に入った。


入ってすぐ見つけたのは、アレックス・シアラー『チョコレート・アンダーグラウンド』。書店員さんのおすすめ本として、手書きポップがつけられて紹介されている。


懐かしい本に出会えた。中学生のときに何度も読んだ。家に帰って自分の部屋の本棚の前に座り込み、鞄を投げだし、制服姿のままで物語の世界に没頭していたことを思い出す。


店内奧の単行本コーナーの前に立つ。芥川賞候補になった小説を買ったのがはじめてだった。最近のことだ。これまで文庫本をよく買っていたから、この棚を見ることは少なかった。でも、今だったらここで本を選びたい。


装丁の異なる本を手に取ってページをめくる。本の持つ個性を味わうことができる。紡がれた文字には、表現する世界が込められている。ずしりとくる重みには、作り手たちの想いがつまっている。そして本棚は、大事な一冊一冊をおさめる。


本屋はたくさんの本棚がある場所だ。


エスカレーターで最上階まであがって、一階ずつ降りてくる。降りながらずらっと並んだ本棚を見下ろす。フロアに降り立って本棚のあいだを歩く。著者やジャンルの書かれた仕切りが差し込まれてあって、無数の背表紙が語りかけてくる。


「どの本を買うんだい?」


専門書のフロアでは歩くだけで賢くなった気持ちになれた。脚本のメソッド本をへーっと思いながら立ち読みした。古典を分かりやすく解説した本を端の通路にあるイスに座って吟味した。尊敬する人から教えてもらったビジネス書がどんな本だろうと探しに行った。書店員さんに場所を案内してもらって類語辞典を選んだ。これから読むための文庫本を決めてレジへ持って行った。


この本屋に立ち寄ることが好きだった。この本屋の持つ雰囲気に癒されていた。それももう今月で最後なのだ。本を買うこと、その本を買う場所が本屋であること。大事なことのために自分のできる範囲で守っていこうと思った。


最後に買ったのは2冊。パウロ・コエーリョ『アルケミスト 夢を旅した少年』、いしいしんじ『且坐喫茶』。


カバーをかけてもらった。セロテープを外しやすいように端を折り曲げる作業を見つめていた。袋を差し出した書店員さんに「長い間、ありがとうございました」と伝えられてよかった。



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観察し、描写し、伝えたいことを文章にします。 自然や動物、対象の美しさや魅力を引き出します/詩を書きます/エッセイに挑戦しています